第七話 獄炎の魔導士 Ⅳ
「ぎゃあーー!!」
「ひいいー!!」
ごおお、という轟音と真っ赤な光の中、強盗犯たちと、野次馬からも阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。
かたかたと震える男の子を庇うエーだけがその恐怖の渦の中気づく。
熱くない。
あの茹だるような灼熱の世界のそれではないことに、ただエーだけが気づいて顔をあげた。
「ぐ、くそっ!撤退だ!」
「は、はいぃ!!」
強盗犯のボスが炎を払いながら強奪した金品をおいて走り出し、それに続いて何人かの取り巻きも逃げていった。
すぅ、と業火は何事もなかったように薄れて消える。
そう、本当になにもなかった。
強盗犯の何人かは恐怖で気を失っていたが、
怪我をするものも、建物が焼けることもなく。
幻の炎。
してやられた、とエーは魔導士を見る。
その視線に気づいた魔導士はふふんと鼻で笑って胸を張った。
「奇襲とはこうするのだ、と言っただろう。いかに虚をつき、いかに被害なく迅速に相手を無力化できるかだぞ」
自慢げに語る姿がむかつく。とエーは片眉をつりあげた。
そんなエーの腕の中、人質だった少年が目を丸くして顔をあげる。
「お、おにーちゃん、わるいやつらは?」
いまだ恐怖の残る少年の目を見て、エーはすこし困ったように笑いかけて、
「もー大丈夫だ」
ぽんと少年の頭を撫でた。
「皆のもの!悪漢どもはこの金色の勇者の勇気ある行動によって退けられた!私の業火すら寄せ付けぬ祝福の鎧が罪無き子を救ったのだ!!」
魔導士が声高らかに宣言する。
するとどうだろう、恐怖と畏怖で縮こまっていた野次馬すら、一人、また一人、そして一斉に歓喜の声をあげ始めたではないか。
あの幻の業火の音さえ霞むような大歓声を。
それを合図に少年の母親が少年へとかけよる。
「まま!」
「あぁ、よかった!よかった……ありがとう、ありがとうございます勇者様!ありがとうございます!!」
抱き合う親子。
ただ投げられて、庇っただけのエーはすこし恥ずかしくなって顔を赤らめて首を横に振る。
しかしこれで突然降ってわいた事件は解決した。
幸せそうな親子を見ると。ちょっと誇らしく、嬉しくも思う。
この魔導士も満足して帰ってくれるだろう。
だが魔導士は勇者の首根っこをひっつかみ、
猫のように持ち上げてにこりと笑う。
「さあ勇者、次へいくぞ」
満足の行っていない魔王の笑顔は、
エーをほんの僅かな喜びから引き戻すには十分すぎる威力で、
「は?」
口から出るのはそんな言葉ぐらいだった。