第七話 獄炎の魔導士 Ⅱ
宿の外に出て一息ついて、エーは改めて隣の魔導士を睨み付ける。
「改めて自分の世界へ帰れ」
魔導士から向けられるのは不敵な笑みだ。
「……お前は確か私が少し本気を出した姿を見ていたな」
エーは眉を寄せる。
それはカリマが炎の魔王と戦いたいと言い出したとき。
炎の魔王は巨大なドラゴンに変身して、足元さえ溶かす熱量で圧倒していた。
しかしそれと今の状況のなんの関係があるのだろうか?
疑問の答えにたどり着かないエーの様子を見て、炎の魔王はクククと悪役のように笑う。
「この街ひとつ程度5分もたたずに消し炭にできるということだ勇者よ。あまり私の機嫌を損ねない方がいいぞ?」
勇者は思わず声を失った。
そう、目の前にいるのは魔王だ。
弱い人間など片手間に殺せる規格外の化け物。
人間のふりをして子供みたいな言い訳を吐き散らしていてもその事実に変わりはないのだ。
「……お前……!!」
勇者は剣に手を伸ばす。
だが魔王は人差し指を口に当てて見せる。
「騒ぐな勇者。お前が大人しく私の我が儘に付き合えばすべてが救われる、簡単なことだろう」
悪魔のような言葉に、奥歯を噛み締める。
ここ最近の魔王への印象で油断していた。やはり信用しきるには足りない相手、
「きゃぁーーーー!!!」
と、張りつめていた緊張を破るように走る悲鳴。
エーはすぐに魔王を見る。
だが魔王も驚いた顔で、エーが見ていることに気づくと「なにもしていない」とばかりに両手を上げる。
「助けて!強盗よ!!うちの子が人質に……!!」
通りの真ん中で、母親と思われる女性が恐怖に濡れた表情で叫んでいる。
たしかに魔王は関係していなさそうだ。
「強盗だそうだぞ勇者よ!行くぞ!」
魔王の赤い目がきらきらと輝いた。
そしてエーが剣に伸ばしていた手をとる。
「いや、そういうのは警察とか自警団のやくめっ!?」
エーが拒否するよりも早く、捕まれた手を強引に引かれて走り出す。
背丈がある分エーの歩幅に合わずに何度も転がりそうになるのを堪えながら、
悲鳴をあげた母親はもう目の前だった。
「安心したまえご婦人!ここに居合わせたるは金色の勇者とそのお供の私!我々が解決しましょう!」
炎の魔導士は盛大に胸を張った。
享保に濡れていた母親の顔は見るまに明るく変わっていく。
当然だ、「勇者が助けてくれる」というのは誰であれ、大きな救いの手なのだから。
「まっ、待て!勝手なこと言うな!素人が正義感でそういうことすると人質が危なかったりとかするんだぞ!」
正しい知識だ。
人質がとられている場合、話し合いから入ればそれ相応の話術が求められる。
特攻をかけるとしても、素早い対応が出来なければ人質の命は危うくなる。
と、昔エーの住んでいた村にやって来た自警団の人に聞いた覚えがある。
「安心しろ、なにしろこの私がいる。それとも勇者が困ってる人を見捨てると言うのか?」
的確にこの魔導士はエーの弱点を突いてくる。
そう、それを言われてはエーは断れないのだ。
「お願いします勇者様!どうか!どうか息子を助けてください……!!」
膝をついて手を合わせ、祈るように懇願する母親。
こんなに頼られたことが今まであっただろうか。
なんだか目頭が熱くなるような、それでいて少し恥ずかしいような、誇らしいような、
「良し!では行くぞすぐ行くぞ!!」
そんな感慨など置き去りに、
エーの手を引っ張り、飛ぶように連れていかれた。