第六話 信愛の勇者 Ⅸ
さて、ババ抜きのルールをご存じだろうか。
トランプ1ケース分からジョーカーを一枚だけにして、参加者に均等に分ける。
参加者は分けられた自分のトランプから、同じ数字のカード二枚で1ペアとし、それを捨てていく。
手札から同じ数字のトランプがなくなってからゲーム開始だ。
順番を決め、1番は2番の手札から一枚引く。
この引いたトランプが自分の手札のトランプと数字が同じものがあれば、準備段階の時と同じように捨てる。
そして次は2番が3番の手札から一枚引く。これを繰り返すのだ。
最終的には一枚しか入っていないジョーカーが誰かの手に残り、ジョーカーを最後に持っていた者が負けとなる、
なんとも単純なゲームだ。
では、勇者対魔王のババ抜きとはいかなるものか。
なんたって勇者と魔王である。
推理小説もビックリな心理戦と駆け引き、そしてイカサマに次ぐイカサマが飛び交い、白熱したババ抜きとなる……!!
「おいフォーリア、花使ってカンニングすんのやめろ」
エーはメイレーの背後に大きな花が延び上がって、メイレーの手札を見ているのをじとりと睨んだ。
「かっカンニングとか、してないし」
フォーリアはそっぽを向き口を尖らせてひゅーひゅーと息を吹く。
その間にメイレーがエーの手札からなにを引くか、悩みに悩み抜いてようやく一枚引いた。
「あぁっまたジョーカーが!エー様なんでジョーカーもってるんですか!」
「メイレーは引く度に何だったか言うのやめろって」
メイレーは直ぐにエーのところに戻ってくるジョーカーをまた引いてしまい嘆きの声を上げる。
そう、このババ抜きには、
期待したような駆け引きなど、無いのである。
ただただ馬鹿正直なババ抜きは、森の世界から日が傾く頃には決着がついていた……。
エーは自分の手に残ったジョーカーを見つめた。
「いや、なんでだよ」
誰に対してでもなくツッコむ。
真っ当に、そう至極真っ当にやっていたはずだ。
運の悪さは認めるが、あまりにも運が悪すぎやしないだろうか。
「わーい!勝ったぞー!僕は勝ったー!」
『さすがだわ森ちゃん!』
『すてきだわ森ちゃん!』
横ではたくさんの花たちに称賛される一位フォーリア。
いっしょになって二位のメイレーも拍手を送っている。
「たのしかったですね!森様!」
「うん!たのしかっ……」
笑顔で向けられた言葉に素直に返してしまったフォーリアがハッと気づいて顔を赤くする。
その様子にまたにこりと微笑んだメイレーはゆっくりと立ち上がった。
「また、こうして遊びに来てもよいでしょうか?」
顔を赤くしたままのフォーリアは、ふいとそっぽを向いてしまう。
そして、暫くしてから、
「……たまーーーーに、なら、許してやらないこともない」
ぼそりと、そう呟いた。
「はい!では、たまーーーーに、遊びに来ますね!」
メイレーは嬉しそうに笑った。
なるほど、そういう魔王とのつきあい方もあるのか、とエーはトランプをケースに仕舞いながら思う。
「エー様、ゲートまで送っていただけませんか?あちこち歩いてたので方向がわからなくて……」
「えっ、ああ、わかった」
困ったように笑うメイレーに誘われ、エーもまた立ち上がる。
相変わらずそっぽを向いたままのフォーリアはなにも言わなかったが、花たちは期限良さそうに蔦を振って見送っていた。
「はいこれ」
道中エーはメイレーにトランプのケースを渡す。
「ありがとうございます」
メイレーはそれをにこやかに受けとる。
森を歩く二人の勇者、だがある程度歩いたところで修道女は足を止めた。
「ねえ、エー様」
彼女は真剣な面持ちでエーを見つめる。
今日一日の彼女とうって変わった様子があまりに不思議だった。
「突然申し訳ありません、でもエー様にはどうしても言っておかなければいけないと思いまして」
彼女の桃色の瞳は今日出会ったどのメイレーとも違っていて、
エーは思わず息を飲む。
修道女はそのまま話を続けた。
「エー様は、勇者が日々増え続けていることはご存知ですか」
それはエーが勇者になって最初に心折れた理由のひとつだった。
勇者はたくさんいる。それも把握しきれないほどに。
広い聖界の全てを守るにはそれだけ必要なのだろう。
いや多くある魔界全てに対抗するには、かもしれない。
だが多くいるというその事実は、勇者とは特別な存在で、それに選ばれたことを誇ることを諦めるほどに、エーにとっては衝撃だった。
日々増えているということについては初耳だったが、別段驚くことでもない。
エーは話の先を促す。
「……では、魔王また、日々増え続けていることはご存知ですか」
それも初耳だった。
たしかに魔王は多い、会議でも多くの魔王を見たが、それでもなお増えているとなると想像の範疇を超える。
エーは素直に首を横に振る。
「なぜ、勇者と魔王は増え続けるのか、考えたことはありますか」
その何故は、初めて聞くものだった。
「……私は思うのです。まるで、勇者も魔王も、争うために生まれているようだと」
そうして、修道女はひどく悲しそうに視線を下げた。
エーにはその何故が素直に頭に入らなかった。
勇者と魔王が争うために生まれている。
それは、当たり前じゃないか、と。
だって、勇者と魔王なのだから、争うのは当然なのだ。
勇者は魔王を討伐するために力を授けられているのだから。
……嫌な違和感がエーの頭の中にぽつりと生まれる。
「今日の日のように、魔王とは共通の認識をもって、感情を共有し、一緒に笑って、遊ぶことができる相手です。勇者は、どうしてそれを倒すことを求められているのでしょうか」
ぐ、とメイレーは首から下げた十字架を握る。
「私は、証明したいのです。魔王にも愛があり、愛があるからこそ、私たちは争う以外の選択肢がとれることを」
決意を秘めた桃色の瞳は、あまりに眩しくて、
「これが、私のなりたい勇者です」
エーはただただ、その言葉を聞くことしかできなかった。
「エー様は、どんな勇者になりたいですか」
それはエーに、金色の勇者に欠けているもの。
カリマはかっこいい魔王と戦って、かっこいい勇者になりたいそうだ。
それだけ聞くと笑い話のようだが、目標はたしかに見据えていて、そこに向かって走り続けられるだろう。
メイレーは聞いた通りだ。彼女もまた、一途なのだろう。
だがエーは、
目標などないのだ。
今はトゥグルが言った謎の言葉を道しるべとしているが、それすら先行きは薄暗い。
黙り混んでしまったエーに、メイレーは優しく微笑みかけた。
「エー様はきっと、とても運がよろしいのです。だから、たくさんの人たちにあって、エー様の信じる道を決めてください」
懺悔を聞くように、優しい修道女はそう言葉を締めくくった。
だがエーは、ついに彼女をゲートに送る最後まで、
それに返す言葉が見つからないでいた。