第六話 信愛の勇者 Ⅴ
「"面倒なことを頼んですまない"なんて謝りだしたらこの場で肥料にしてやるところだった」
妙に満足げな笑顔のフォーリアに、恥ずかしさより驚きのほうが勝ったエーはまだ赤みの残る顔できょとりとする。
「自分のしたことは間違いではない、そうバカみたいに信じてないと素直に礼などできるものか」
「……それ褒められてるのか?」
緑色の理不尽と不機嫌の塊かと思っていたフォーリアだが、そう言うと優しく、慈しむように微笑むのだ。
「あぁ褒めてる。お前は真っ直ぐは伸びていかないし、きっと大きな花も咲かせない。けれど強く、しっかりと根を張り生きるタズナソウのような奴だ。僕はそう言う生き方をするやつが大好きだ」
そうか、とエーは心のなかで納得する。
花たちはフォーリアを「優しい」と賞していた。
それこそが、このフォーリアなのだ。
強く根を張り、生きているものにこそこの魔王は慈悲を向けるのだ。
しかし、褒められたエーにはひとつだけ、
そうたったひとつだけ、否定したいことがあった。
「タズナソウって、雑草じゃん……」
エーの脳裏にあるのは、
どれだけ綺麗にしても毎年畑に出てきて根を張ってしまい、抜くのも切るのも大変な厄介な雑草、別名畑食いだった。
『森ちゃん!!』
エーの呟きが拾われる前に、高い少女のような声が投げ掛けられる。
近くに咲いていた比較的小さめの薄紫の花が喋ったのだ。
これはこの森の世界の住人だ。黙っていれば本当にただの花と見分けがつかない。
『あいつが来たわ!逃げて森ちゃん!』
花の言葉に、先程まで穏やかだったフォーリアに緊張が走る。
相当な大事件のようだ。
「いいや、これでいい、そのために連れてきたんだ!」
ばっとフォーリアがエーを期待の眼差しで見た。
「へ?」と思わず声が漏れる。
「お前が頼りだ、いいやこれを解決できるのは寧ろお前しかいない!頼むエー!」
がっしりと肩を掴まれ、なにがなんだかわからないエーは目を点にするばかりだった。
「来た」ということは何かしらの生物や、そうでなければ動くなにかだろう。
そしてそれは森の魔王が恐れ、勇者に助けを求めるほどのものなのだ。
いいや、そんなものに勝てる道理はない。エーの脳内会議の結果は早速否決となった。
だが相手は待ってはくれないようで、がさ、がさと草を掻き分ける音がこちらに近づいてくる。
「来た……!!」
フォーリアは盾にするようにエーの後ろに隠れる。
「うぇえ!?ちょっ!?」
動揺するエー。
喋る花も恐怖のあまりか花びらを閉じてしまっている。
唐突に来た異様な事態にエーは剣に手をかけておく。
そして、森の奥から、
森を統べる魔王さえ恐れる"なにか"が、姿を露にした。