第六話 信愛の勇者 Ⅲ
「魔王ー!倒しに来たぞー!」
ばーん!と大扉を開ける。
灼熱の大地にそびえ立つ白亜の城。その玉座の間。
炎の魔王が座するその場所に、金色の勇者は勇み乗り込む!
「あ"?」
背後にゴゴゴゴと効果音を背負い、バチバチと背の炎を燃え上がらせ、暗く輝く真っ赤な瞳で、炎の魔王レーヴェは挑んできた勇者を睨み付けた。
あまりの威圧感に思わずエーの口から「ひぇ」と声が漏れる。
あの炎の燃えかたはイライラしてるときや不満があるときのものだ。
つまりあの魔王はエーの訪問にひどくイラついている。
それも過去最高に。
なにかしただろうかとエーは思考を巡らせる。
いいや、最近はここに来てもいなかったのだ。一番最新の訪問履歴は森の魔王を連れてきたときだけ、怒らせるようなことはなにもしていない。
ではなぜか。
結論、わからない。
この魔王はひどく適当で気分屋で、まさしく炎のようなやつだからだ。
そんなやつの不機嫌の原因などエーに図ることはできない。
というよりなぜ勇者が魔王の機嫌を取らねばならないのか!
そうエーが降りかかる理不尽を纏まめていると、
炎の魔王は威圧感そのままにエーのところへとゆっくり歩み寄ってくる。
より近くなった圧力。
じっと赤い瞳がエーを見下ろし、エーはやや身構えながらその目を見つめ返す。
「……貴様、随分死に戻りしたらしいな」
今度は思わず「はぇ?」と間の抜けた声が漏れてしまった。
たしかに事実だが、それで炎の魔王の逆鱗に触れるようなことになるようには思えない。
だがそれを聞いてくるということは、炎の魔王としてはエーが何度も死に戻りすることが面白くなかったことだということで、ますます意味がわからない。
ただひとつだけ、もしも、ほんとうにあり得ないことだが……。
エーは恐る恐るそれを口に出した。
「……もしかして……心配してたのか……?」
そう、たとえば
「怪我をして入院していた」と言うものに対して理不尽な怒りを向けるのならば、
これではないかと。
だがその言葉を聞いた瞬間に、炎の魔王の背負う炎がごう!と勢いよく燃え上がった。
「誰が!貴様など!心配!するか!!」
ごうごうと燃え立つ炎を背に、魔王は勇者の脛を執拗に蹴りはじめる。
がつんがつんと金のグリーブを灼熱の足で蹴り続けられ
突然の暴力にエーは目を丸くして抗議した。
「痛い!?痛いから!?すね当てあるけど痛いし熱いし!?」
やはり怒られる意味がさっぱりわからない。
「お前が来ないと暇潰しがひとつ減るのだ!つまらん理由で死んでるんじゃない!」
「おもちゃ扱いかよ!」
この理不尽の塊を倒せる日はやってくるのだろうか、不安になるエーの耳に届くのは、また別の声。
「ぉおりゃぁ!滅びろレーヴェ!!」
開けっ放しだった大扉からレーヴェに向かって飛びかかってきた緑色の塊。
エーがその飛来物がなにか理解するのと同時ぐらい、
レーヴェが襲いかかる緑色に手を向けた瞬間、
「お前はしつこい!!」
不機嫌と理不尽の塊は来訪者にも矛先を向ける。
ボッという大きな着火音と共に、あっという間もなく緑色の塊は火だるまと化してしまった。
「ぅおい!フォーリア!?大丈夫か!?」
直ぐに火は消えたが、ぼすぼすと黒い煙をあげて床に落ちるのは森の魔王フォーリア。
エーが最後に見たのは無情にも炎の魔王のトラップに落ちていくところだったが、とんでもなくタフらしい。
フォーリアはエーの心配をよそに丸焦げの状態ですくっと立ち上がり、埃でも払うようにスカートを叩く。
「大丈夫だ、払えば治る」
「払えば治るの……?!」
どうみても全身やけどは不可避だっただろう。ただでさえ燃えやすそうな見た目だというのに。
だがフォーリアの言う通り、焦げた煤を払うと当たり前のように健康的な肌と鮮やかな緑の髪が露になる。
治る、と本人が言ったということは、一応のダメージはあったのだろう。だがそれをひとつふたつの問答程度の時間で、どういうわけか服まで再生している。
一見すると間抜けなやられかたではあったが、それだけの再生力、改めて魔王というものの異常さを噛み締めてエーは冷や汗を流した。
「おいレーヴェ!こいつは僕のお気に入りだ、勝手に蹴るな」
べしべしとフォーリアの手がエーの背を叩く。
「は?」とエーとレーヴェの口から同時に溢れた。
当のエーとしては、こんどは気に入られたということでますます訳がわからなくなっている。
エーがフォーリアにしたことといえば、猪を倒したことだが、
それこそお互いの取引の内であり、気に入られるようなことをした覚えもないのだ。
そしてなぜか気に入られているということになぜか炎の魔王の背の炎もより大きく燃え上がる。
「これは私のおもちゃだ」
「いやおもちゃじゃねえよ」
「ちがう、これは僕の肥料だぞ」
「いや肥料でもねえよ!」
続けざまの物扱いにエーのツッコミが牙をむく。
「僕が気に入ったといってるんだぞ!もっと喜べ!」
ついに牙をむいたエーに対して、
次は森の魔王の蹴りがエーの脛を狙う。
裸足である分エーにダメージは無いが、蹴られているという事実はなんとなく気持ちが痛い。
「痛っ、いてえ!なんでお前ら魔王はすぐ暴力に訴えるんだよいいかげんにしろ!」
赤い理不尽と緑の理不尽に挟まれエーは悲鳴を上げる。
そうして魔王の無茶な戯れの中、フォーリアはハッとして顔を上げた。
「そんなことしにきたんじゃないんだ、お前に用があったんだよ!ちょっと来い!」
何かを思い出したフォーリアがエーの手をひっつかみ、そのまま引き連れる。
「え、えええ?!なに?なんだよ!おーい!説明しろよー!」
なんだかんだと言ってフォーリアは魔王だ。
引っ張られて反抗できるほどの力はエーにはなく、
ただずるずると引きずられ、玉座の間から連れ出されるのだった。
「……」
残されたレーヴェは、じいと勇者と森の魔王が出て行った方を見つめる。
燃える背の炎が段々と弱くなり、
はあ、とため息をつくころには、いつもと同じ程度に戻っていた。