第五話 森の魔王 Ⅷ
「ああ勇者よ、死んでしまうとは……ってちょっと……!?」
エーは目覚めると同時に走り出した。
女神様の驚く顔に振り返ることなく。
そのままの勢いでゲートに飛び込み、ゲートから抜けると同時に剣を引き抜いてそのまま走る。
あの巨大猪と戦ってわかったのはみっつ。
正面からはまず勝てないこと、
エーの攻撃は通用すること、
そして、エーがあと五人ぐらいいれば勝てるんじゃないかな、
ということだ。
ならばできることがある。
勇者である己にしかできない戦法だ。
『きんぴかくん?!』
パンジーが驚いた声をあげている。
エーが負けて、そしてすぐに戻ってきたことに驚いているのだ。
「猪は!」
走りながらエーが叫ぶ。
『ま、まださっきのところに……』
「よし!」
エーはそのまま走り抜けていく。
走る先には茶色の大きな塊、エーがダメージを与えたためか気が立ったように地面を蹴っている。
「っでぇやあああああ!!」
エーは大きく飛び、剣を振り上げる。
エーが取った作戦とは、
相手の回復をゆるさずに何度も戦いを挑み、体力を削りきるというもの。
死ぬことが許されている勇者にしか許されない戦法、
倒すまでに五人の自分が必要な程度の実力差なら、
五人分を一人で賄おうという、
俗にいう、ゾンビアタックである。
いままでどうあがいても倒せないような相手にしか会って来なかった。
だがこうすることで、
この格好の悪い戦い方でも勝てるのなら、
自分はもう一歩前へ進めるのではないか、と。
ごおおお!と猪が吠えるのと同時に、
エーは剣をおもいっきり叩き下ろした。
フォーリアは目を丸くしていた。
しばらくして地響きが聞こえなくなったと思ったら、森中が『早く見に行って』と騒ぎ立てたのだ。
そうしてトゥグルとともに向かってみればどうだろう。
そこには倒れ伏した巨大な猪と、
満身創痍の勇者が肩で息をしているところだった。
「へ、へ……どうだ、勝ったぞー、ちくしょー……!」
ざくん、と剣を地面に突き刺す。
その横で心配そうに大きな花が揺れた。
『きんぴかくん大丈夫?』
「……全然大丈夫じゃない」
金色の勇者は力なくへらりと笑う。
フォーリアは眉を寄せて、そんな勇者へと詰め寄っていった。
「何度死んだ!なんで帰ってきた!」
相変わらず怒濤の勢いで叫ぶフォーリアに対して、エーはぱちくりと瞬きをしてから、にっと笑った。
「だって、困ってたんだろ?じゃあ、それは、勇者の仕事だ……」
そう言って、ぐらりと体制を崩す。
するりと素早く延びてきた蔦が、倒れたエーをやわらかく受け止めた。
「……」
フォーリアが苦い顔をする。
「勇者は不死だ。でも死んだときの記憶はない訳じゃない、死ぬほどの痛みも恐怖も覚えているはずだ。なんでこいつは何度も死に戻りしてきた?そんなことをしてなんになる?」
トゥグルがフォーリアの隣に立ち、エーを見下ろす。
意識はないが、生きてはいるようでゆっくり息をしているようだ。
「こいつは勇者で、炎の魔王の友人だから」
「説明になってない……!」
トゥグルは静かに言って、
否定するフォーリアの顔を見ることもなく続けた。
「……こいつは、この"ゲーム"のなにかを変えてくれる存在だ」
トゥグルの氷の瞳は静かに、眠る勇者を映していた。
は、と目を覚ました。
エーは上体を起こして周囲を確認する。
うけた傷は治っていて、草のベッドで寝かされていたようだ。
風景を見る限りまだ森の世界にいるのだろう。
『起きたわ!森ちゃん!起きたわ!きんぴかくん起きた!』
嬉しそうな声がして視線を向ける。
大きな花がゆらゆらと揺れている。花の区別はつかないのであったことのある花かどうかはわからない。
その横に、髪に桃色の花が生えている女性とも男性ともつかない姿が立ち、エーを睨み付けるように見下ろしていた。
「ん、あー……えーと、おはようございます?」
未だに森の世界にいること、そしてなぜかそこでどうも治療されていたという理解できない状況であることを理解して、
なんとも言えない顔でエーは挨拶した。
「ああ、まったくいつまで居座るつもりかと思った。体調が良くなったんなら行くぞ、トゥグルにも連絡した」
「……え?行くって……?」
ぶっきらぼうに言われた言葉にエーは目を丸くする。
森の魔王フォーリアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「炎の世界に決まってるだろ」
「えっ!?行ってくれるのか!」
エーは驚いた。
あれだけ嫌がっていたのだ、そんなに素直に行ってくれるとは思わなかった。
フォーリアはそんなエーの様子をみて不機嫌そうに眉をよせる。
「僕は森の王、花たちの母フォーリアだぞ!約束は守るっていっただろ!」
ふい、とそっぽを向いてしまうフォーリア。
エーはしばらくぱちくりと瞬きをして、困ったように笑った。
「じゃあ、開けるぞ」
炎の世界の玉座の間の前の大扉、氷の魔王と森の魔王と一緒にいる勇者というなんとも異常な組み合わせとなっていた。
(いやそもそも色合いがやたらカラフルになったなあ)
魔王と一緒にいるということの異常さには慣れてしまっていたので、
世界の赤と、青と緑と、自分の黄色という色の多さのほうに感想のベクトルが向いているエー。
そんなことも知らずに、トゥグルは大扉をゆっくりと開けた。
「む、トゥグル、いらっしゃ……」
玉座に座っていた炎の魔王レーヴェが嬉しそうに顔をあげ、
トゥグルと、その後ろにいた久しぶりに見た勇者と、
「おぅらぁっ!滅びろレーヴェ!!」
自分に飛び蹴りをいれようと飛んでくる緑色を見つけた。
「……!!」
カチリ、と音がする。
「あっ」
エーには聞き覚えがある音だった。
そう思った直後に、フォーリアの着地点の床が開いた。
「ああぁぁぁーーー…………」
きれいに穴に落ちていき、ぱたん、と床がしまる音が悲しく響く。
エーとトゥグルが静かにレーヴェのほうをみた。
レーヴェは赤い目をまんまるにしてばつが悪そうにエーとトゥグルを見返す。
「……びっくりして落としちゃった……」
ちょっと困った顔をしているレーヴェに、
エーとトゥグルは揃ってため息を吐いた。
レーヴェとフォーリアの話し合いの場は、もうすこし先になりそうだ。