第一話 金色の勇者 Ⅳ
聖界にあるとある国の、とある街。
そこは周辺の土地の領主の住まう大きな街。
大通りでは商人と行き交う人々、旅人で溢れ、活気に満ちている。
その人の流れのなか、フードを目深く被り、隠れるように進む姿があった。
その姿は、真っ直ぐに領主の住まう大きな館へ向かう。
入り口前にたどり着いたとき、門番であろう屈強な男がフードの人物を呼び止めた。
「待て!怪しいやつめ、ここは領主様のお屋敷だ。お前のようなみすぼらしいものが立ち入っていい場所ではないぞ!」
その重低音の声に臆するどころか、ため息を一つついた不審者は、ゆっくりとフードを取る。
金の髪、金の額当て、額当てに装飾された青い宝石と同じ色の瞳が、じろりと門番を見上げた。
「…っは!!ゆ、勇者様でしたか!どうぞ、お通りください!」
機敏な動きで扉の前から退ける門番。
不審者…エーはうんざりしたようにまた一つため息を吐き出した。
「おお、お前は確か、えーと、黄金の勇者!」
豪華な服を見にまとい、いかにもな髭を生やした、いかにもな領主が大袈裟なアクションでエーを迎えた。
「金色の勇者です…」
エーは間違われた二つ名をそっと訂正する。
「そうだったか?まあいい。ここ最近姿を見せぬから死んだかと思っていたぞ」
領主はまるで王様のような椅子に座って足を組む。
「で?成果は?」
そしてエーの顔を見下ろしながら問う。
「あーいや、あの…ちょっと、色々在りまして…」
エーは歯切れが悪そうに答える。
そんな様子を気にすることもなく、領主は髭を弄りながら言う。
「そうか。私は構わんぞ。お前さんの成果が上がらないと困るのは私ではなくお前さんだからな」
その言葉に、エーは無意識に歯を食い縛っていた。
「他に用は?」
仕舞いにはエーの顔を見もしない領主の言葉。
「は、はいっ…あ、いや…特にない、です。顔見せだけで…」
思わず肩が跳ね、声が裏返ったのが恥ずかしくなる。
だが、領主はそれすら気にすることもなく、ああそう。と短い返事をした。
「他に用がないなら下がれ。私は忙しいんだ」
まるで虫でも払うかのように、手を払い、それ以降は特に忙しそうな様子はなく髭を弄っている領主に、
エーは軽く礼をして領主の館を出た。
勇者とは、魔王を討伐する使命を背負い、魔界に向かうものである。
倒した魔王の力は女神の手により、聖界のエネルギーとなり、聖界は繁栄する。
その繁栄は主に勇者の出身地に大きく作用し、勇者は遠くにいながら故郷のために戦えるわけである。
らしい。
では、魔王を討伐できない勇者はどうすればいいのか。
答えは幾通りあるが、
一つは大きな街、もしくは国家に所属し、魔界の成果物…魔物の素材や魔界の技術などを持ち帰り、献上し、故郷に援助をしてもらう、という手がある。
エーは当然魔王討伐の成果はなく、故郷の村の人々に会わせる顔がなくてこのような手を使っていた。
今回は、その手すら使えていない。
夜。
大きな街の裏通り、表の賑やかさなど夢でも見ていたのかと思うほどに暗く、静かな路地の奥、小さな酒場があった。
酒場の中には客が4人、そして酒場の店主が1人。
その客の中に、カウンターに突っ伏す金色の姿があった。
「おいどうしたよ勇者さん。いつも元気はねぇが、今日は輪をかけて元気がねえな」
店主が、金色の勇者に声をかけた。
当の勇者は、もぞもぞ動く程度で返事はない。
「ガチでへこんでんな。なんか飲むか」
そう言いながら、コップを用意し始める店主を、金色がようやく確認するように顔をあげた。
「…まじで…?奢り?」
金色の勇者エーは、すこし期待を込めた目で店主を見上げる。
「まさか」
笑う店主の悪魔のような言葉を聞いて、エーは再び突っ伏した。
この酒場は、エーが度々訪れる場所だった。
小さな店だが、ここでダラダラと悩みを吐き出しながら飲んでいると、なんとなく次の日はスッキリした気分になる。
なにもできずに村に帰るわけにもいかないエーにとって、唯一帰ってもいい場所だと思えた。
今日も何となく、この場所に来たのだった。
店主は多くは聞かないまま、ことり、とエーの前に一杯のコップを置いた。
その音に気づいて、そっと顔を上げた。
エーの前にはガラスのコップに入った牛乳があった。
それを見て、すぐにエーは店主を睨む。
「子供扱いすんな」
そう言うエーを見下ろして、店主はにやりと笑って言う。
「ってことはまだ子供ってことだ」
謎理論を振りかざす大人を相手に、エーは何か言い返そうとしたが、なにも出ずに机に顎を置き、何の罪もないコップを睨み付けた。
「勇者さまがどんな事してるかは知らねえが、子供がそんな余裕のない顔すんな。もっと意地悪な大人やら汚い大人に頼れよ」
自分で意地悪な大人と言っているようなものだろう、そう突っ込もうとした時、背後でカラン、とドアが開く音がして、店主がいらっしゃい、と自分の背後に声を投げたので、再びエーは黙り混んだ。
自分は子供だ。そんなことはわかっている。
でも勇者として選ばれたからには、大人と同じように、それ以上に頑張らなければならないのだ。
そう考えると、ふと炎の魔王の言葉が頭のなかで再生された。
なんで。
なんで自分は大人以上に頑張らなければならないのか。
なんで遊ぶことより、青春を謳歌することより、今を選んだのか。いつ、どこで、現状を選んでしまったのか。
そんなことを何度も頭の中の闇に投げつけてみても、答えは帰ってこなかった。
「…俺…」
ぽつりと言葉を溢した。
「なんでって、聞いてくるやつがいたんだ」
赤い世界の、赤い記憶が鮮明に蘇る。
「でも俺、答えられなくてさ」
あの時の逃げ出した気持ちが帰ってくる。
「俺…なんで頑張ってんだろうなあ」
自分に投げても返ってこないボールを、誰がが拾ってくれるのを期待して転がした。
「頑張りたい理由があるんじゃないか?」
誰ががボールを転がし返してきた。
「理由なんて…」
理由なんてあっただろうか。
ぼんやりとコップに注がれた牛乳を眺めながら、自分が村を出た日の事を、勇者に選ばれた日の事を思い出す。
まるで遠い遠い過去のように、断片的なものしか見つからない。
「思い出せねえよ…」
ぼんやりしたまま、コップに口をつけて、一口含んだ。
「なんで思い出せないことがある?自分の事だろうに」
投げ返されるボールは、あの時のように、
真っ直ぐにエーの心を貫いてくるような気がした。
「なんでって、そんなもんわかってたら苦労は…」
いや、それどころか、
声さえあの赤色の声のように聞こえて、
エーは声の出所、自分のとなりに目を向けた。