第五話 森の魔王 Ⅶ
『こっちよ、こっち、つぎはパンジーに引き継ぐわね』
花が蔦で器用に矢印をつくり誘導する通りにエーは森を進む。
森の魔王曰く野性動物で、移動したりは当たり前にあるもので、ずいぶんと歩かされている状況だ。
花たちはやはりというべきか自立歩行はできないので、エーは花から花へと蜂のように渡り歩いている。
『ハァイきんぴかくん、もうすぐよ、いま水辺で休んでるみたい』
「そりゃよかった、いい加減戦う前に力尽きるところだった、案内ありがとな」
歩き詰めだったので、エーは力なく笑う。
パンジーと呼ばれていたピンク色の大きな花弁をつけた花は元気に頷くように揺れた。
『あいつにはみんな困ってたの、踏んづけてくるし、暴れるし。手伝っちゃダメだって森ちゃんに言われてるから、応援だけしてるわ、がんばってね』
手を振るように蔦を振るう花に、エーも手を振り替えして先へと向かう。
「応援している」などという素直な激励は故郷を出るとき以来ではなかろうかと、エーはすこし恥ずかしげにはにかんだ。
こうして困っている人(花だが)の役に立てているという確かな実感は、歩き詰めた足の疲れを忘れるほどに嬉しいものだった。
勇者とはやはりこうあるべきなのだ、と思いながらエーは大きな茂みを掻き分けた。
先にあった光景は、木漏れ日を反射してきらきらと光る泉。
そしてそのそばにある高さ三メートルはあろうかという赤茶色の塊、超巨大な猪の姿があった。
なるほどたしかに、こんなものが踏みつけてきたり暴れたりなど迷惑なことこの上ないであろう。
……などと観察しているときだった。
エーの足が踏んだ枝がぱきりと音をならした。
ああ、またろくでもない失敗をしてしまった……。
そうして顔をあげると、巨大な猪の眼光がこちらに向けられていた。
ずどんと森中に響くような音と振動が響き渡った。
「死んだな」
森の魔王フォーリアは大して興味もなさそうに呟いた。
トゥグルはその様子に静かに目を細める。
「なぜあんな取引をした」
フォーリアはトゥグルの言葉に冷たい目を向ける。
「おまえこそなぜあんななにも知らない子供を利用している」
「…………」
フォーリアの問いにトゥグルは答えない。
フォーリアは諦めたように首を横に振るう。
「まあ、僕にはもう関係ないことだけどね。どうせあの勇者はもう戻ってこない、あんな強気に取引に応じておいて即効やられて恥ずかしいったらないだろうし、なによりだれだって何度も死にたくなんかないだろ」
ふふ、とフォーリアは不適に笑った。
あの巨大猪に困っていることは事実だ。
あわよくば退治できればよかったが、それ以上に人間が嫌いで、トゥグルの思惑が気に入らなかったのだ。
これで3つの気に入らないことの2つが一度に解消される。
なんと清々しいことだろう!
だが、続いて感じた気配にフォーリアは桃色の目を見開いた。
「……戻ってきた……?」
その気配は確かに、ゲートを通ってきた気配だった。