第五話 森の魔王 Ⅵ
「な、なあ、一回で良いからさ、炎の魔王と話をしてくれないか?」
エーの言葉に、トゥグルを睨み付けていた魔王の目がゆっくりとエーへと向けられる。
花が咲いているとはいえやはり魔王。とてつもない威圧感に、無意識に足が後退するが、ぐっと拳を握ってから改めてしっかりと桃色の瞳を見据え直した。
「なにがあったかは知らないし、聞いたところで何かできるもんじゃないと思う、でも、トゥグルがそのことでよりによって勇者に助けを求めるぐらい困ってるのは事実で、俺はやっぱり困った人は見捨てられないと思うから……」
がしがしと頭を掻いて、まとまらない言葉をまとめながらエーは言う。
そして、「それと、」と続けた。
「喧嘩をしたら、ちゃんと話し合って、折り合いをつけるべきだろ。喧嘩別れはお互いによくない……し……」
エーがまとめた言葉の最後辺りで、周囲の植物がざわざわと揺れ始めた。
異様な空気にエーは言葉を止める。
エーの視線の先の魔王は、わなわなと震える拳を強く握ってエーを睨み付けていた。
「喧嘩、だと言ったな。僕とあいつが喧嘩別れなんかだと、そう言ったな」
魔王が一歩、一歩とエーに近づく。
森の魔王から発せられる威圧感はもはや殺気と同等だった。
間にいるトゥグルさえ、わずかに眉を寄せているほどに。
「愚か者め、ああ、お前はとてつもない愚か者だ、何も知らないで、本当に、何一つ知らないくせに」
ぎり、と音が聞こえるほどに森の魔王は歯を噛み締めて、尚も怒りに燃える桃色の瞳にエーを映して、そのあとにやりと口角を歪ませた。
とても、悪い考えをして、それを隠しもしない顔だ。
「愚かな勇者、お前は困ってるなら魔王だって助けるんだろ?」
「……と、時と場合による……」
邪悪な笑みにエーは思わずもう一歩下がった。
そんなエーに対して森の魔王は言葉を続けた。
「この森には少なからず動物が住んでる、勿論肥料にするために飼ってるやつらだ。でも肥料にならずに逃げ続けて暴れまわる厄介なやつがいてね……お前、そいつを倒してこい。そしたら愚かなお前の愚かな要望を聞き届けてやろう」
エーはごくりと唾を飲む。
こんなに悪い顔でだしてくる話だ、決して良いものであるはずがない。
この森で生き残ってかつ暴れまわるなんてろくな動物でもない。
だが、エーは今日までの森の魔王の様子でひとつ確信して思っていることがある。
森の魔王は恐らく、嘘をつくようなやつではない。
人間なんか虫ほどにも思っていなくて、傍若無人で、
けれど自分の配下を大切にする、
そんな魔王なのだろう。
エーは下がっていた足を一歩前に出した。
「倒してくりゃあいいんだな……?そしたら炎の魔王と話してくれるな……?」
エーの様子に森の魔王はもう一度にやりと笑った。
「僕は花たちの王、草木たちの母、この森に誓って約束は守ろう」
魔王との取引が悪魔的でなかったためしがないなとエーは思う。
森の魔王はおそらくエーにはできやしないと踏んでこの取引を出しているのだ。
……それはそれで、おもしろくない。
エーは自分のなかで静かに火が上がるのを感じる。
できないことが多いことは知っている。
まだまだ未熟だということだってここ最近でいやというほど味わった。
この取引だってこなせる保証は一切ない。
だが、
依頼に対して別の依頼が転がってくるこの状況を、
物語の勇者に憧れた少年がどうして拒否できようか。
「……わかった、やってやろうじゃねえか」
エーの青い瞳が魔王の桃色の瞳を睨み返した。