第五話 森の魔王 Ⅱ
逆さまのままのエーの視界に入ったのは、ひどく不機嫌そうな顔だった。
声は中性的で、炎の魔王よりは女性寄りの声だろうか。
服装はロングスカートのように見え、細い腕には蔦が巻き付いている。
緑の髪は前髪こそ普通だが後ろ髪はまるで茂みのようにふわふわとボリュームがあり、髪の所々から桃色の花が咲いていた。
髪に咲く花と同じ桃色の瞳はエーを睨み付けるように細められており、
エーを捕らえる花の言うような"とっても優しい"という印象は受けない。
「今あんまり優しくなさそうと思っただろ」
ずい、と森の魔王の顔がエーに迫った。
エーはぶんぶんと首を横に振って、逆さ吊りが続いた頭がくらくらと揺れた。
「うん?……この臭い……」
すんすんと森の魔王が臭いを嗅ぐ。
魔王とはいえ見た目は物語の妖精のような姿の森の魔王の顔は近くでみるほど美しく、甘い臭いがなお強くなる。
エーはなんとなく恥ずかしくなって顔を赤くした。
逆さ吊りのお陰でバレることはないだろうが、
森の魔王は一層不機嫌そうに顔をしかめて言った。
「硫黄と鳥の臭いだ…おまえ、炎の魔王のところから来たな…?」
ぞくり、とエーに寒気が走る。
森の魔王の桃色の瞳は、怒りや哀れみや悲しみを含んでいて、
エーにはそれが何を意味をしているのかはわからなかったが、
少なくとも、エーから嗅ぎとった炎の魔王の気配にたいして向けられたものであることは予想できた。
「て、いうか、会議にいた炎のところの鳥はお前だな!あいつが配下をつれてくるなんておかしいと思ったんだ!」
森の魔王が思いっきりエーの頬をつねり、エーは早速バレてはいけない事実がバレて動揺を隠せなかった。
そういえば、会議で体から花が咲いてる人物を見た気がする。
「ひあ、はれは、魔王は反対ひて、いてっ!」
炎の魔王は最後までエーをつれていくことに首を縦には振らなかった。
そう弁解している最中につねられた頬を離され、軽く叩かれる。
なぜ炎の魔王を庇うことを言ったのだろうか、息さえ苦しくなり、くらくらとゆれる思考ではあまり多くのことがまとまらない。
「お、れ、魔王のこと、ちゃんと、知りたくて、来たんだ」
どうにかまとめた言葉を吐く。
それを聞いて、森の魔王は初めて口の端を歪ませて笑った。
「そうか、それは残念だ、おまえはもう死ぬ」
その言葉を皮切りにして、エーの視界が歪む。
そういえば、
先程から頭がくらくらするのは逆さ吊りのせいだろうか、
寒気がしたのは秘密がバレたせいだろうか、
考えがまとまらないのはなんのせいだろうか、
なにか言葉を返そうとして息を吐くと、
ぼたぼたと、
赤い色が口からこぼれた。
息が止まり、森の景色は極彩色に歪み、
やがて黒くにじんでから、
なにも見えなくなった。