第四話 魔王会議 Ⅴ
「い、ててて」
転んで打ち付けた腰を擦って、エーは周囲を見回した。
目の前にあるのは、壁だ。
急に手を引かれたエーは、近くにあった壁に引き込まれたのだ。
ともすれば、この目の前の壁は幻覚かなにかなのか、と壁に手を伸ばしたときだった。
「戻らない方がイイよ」
背後からかけられた声にびくりと肩を跳ね上げて振り向く。
そこにいたのは、議会の入り口で、狩り取る者ともめているときに出会ったベストの男だった。
真っ黒なストレートの前髪の下からにこにこと笑顔を覗かせているそれは、率直に言ってかなり怪しい。
「さあ、コッチだ。狭いし急だから気を付けて」
そう言って男は、男の背後にある階段を上っていく。
「え、ちょ、お、おい…」
男はある程度上ってから手招きをする。
すこぶる怪しい男だが、今のエーはあくまで炎の魔王の配下ということになっている。
ここで反抗的になれば、自身に向けられる目はより厳しいものになるだろう。
なんなら勇者であることもバレかねない。
暫く悩んでから、エーは男の後を付いていった。
まるで屋根裏にいくためのような狭い通路と急な階段を上っていく。
突き当たりには狭い通路に見合ったこじんまりとした扉があり、ややかがみつつ扉を潜る。
そこはやはり狭く、横に長い長方形の部屋になっており、
あるのは木でできた簡素な椅子が3つと、同じく簡素なテーブルがひとつ。
扉と対面にある一面はガラス張りだが、そこから見えるのは外ではなく室内であるようだ。それも随分と天井に近い位置にある。
「ここは……?」
「ココは会議の様子を見たいけどあの中に入ることのできないちょっと後ろめたい感じの人が会議を見れるヒミツの場所」
口からこぼれた疑問に男がにこにこしながら答えた。
まさしく今のエーのためにあるようなものだが、それはつまり、この男がエーに後ろめたい事情があるとわかっている、ということだ。
じり、と距離を取りながら警戒するエーに、男はくすくすと笑った。
「そう警戒するなよ。キミに危害はくわえないし、むしろそのまま会議のなかに入ってたほうがアブなかったんだよ」
男は窓の下を眺めながら言う。
男との距離を一定に保ちつつ、エーも窓の下を覗き混んで、
驚きで目を見開いた。
長い机で長方形に作られた会議用のテーブル。
それを囲むように、
赤銅色の肌と角をもつ者、翼をもち宙に漂う者、巨大な獣のような者、二足歩行の小動物のような者、至る場所から花が生えている者…数十の異形が、集っていた。
「あれが…ぜんぶ魔王……」
窓から後ずさり、冷や汗が額を伝う。
「ああそうだとも。あの中のだれかにバレるのもあるかもしれないけれど、一番厄介なのは空気だね」
「空気?」
エーが男の方に顔を向けると、男はこくりと頷いた。
「廊下で空気が重く感じただろ、魔王もこんだけあつまるとやっぱり空気中のこう、魔力とか、障気とか、毒とか、そういうのが濃くなるからネ」
「いま毒っていった?ねえ!!」
あのとき感じた息苦しさを思い出して、胸元を擦る。
体に別状はないのだが、はっきりと言われるとついなにかせずにはいられないのは人の性である。
「ココなら向こう側からは見えないし、ある程度気配も消せるから、ゆっくり観察していくとイイ」
そういって男は手近にあった椅子に座ってしまった。
あくまでエーの見える位置にいるということは、エーを逃がさないつもりでもあるはずだ。
エーはそう少し考えてから、はあと息をついて再び会議のなかを見下ろした。
長机に美しい細工が施された椅子が並ぶ会議室中央。
疎らに座るのは数多の魔王たちだが、椅子の数に対して魔王達の数は少ないようだ。
そして、エーのいる隠し部屋とは対面にある大きな白いボードの前には、片目にモノクルを付け、青い毛の生えた長い尾をもつ魔族が一人立っている。
その服装は、エーのとなりにいる胡散臭い魔族や廊下で会った書記さんに似ている。
ふとその人物の、モノクルの下の金色の瞳がこちらを見ていた気がした。
しかし一瞬のことで、気のせいとも思えるような一瞬だった。
「あの正面にいる人は?」
エーはとなりの胡散臭い魔族に訊ねる。
「あれは議長だよ。会議にはつきものダロウ?」
にまにまと笑ういまいち信用しきれないところには目を瞑り、エーはなるほどと呟いて視線を会議へと戻す。
会議の席の中に、見知った赤と青を見つけた。