第四話 魔王会議 Ⅳ
廊下の先に設えられていたのは机がひとつ。
そこには白銀色の髪と浅黒い肌、角や尾こそないが額に宝石がついており、眼鏡をかけた男の姿。
先程入り口で見た男と同じようなベストを着ていた。
「彼は書記さん」
「書記さん」
突然のさん付けにエーはつい復唱する。
「皆がそう呼ぶ。名前のとおり議会の書記をしていて、議会のまえには名簿の照会をしている。彼に関しては俺もどこまで偽装できるかわからない」
トゥグルがすこし声を押さえながら説明する。
当然飛び入りであるエーの名前など名簿に記載されているわけがない。
これはむしろ入り口よりも不味い事態なのではと思うも、廊下の途中で立ち往生するわけにもいかない。
具体的な案が思い浮かぶまえに、三人は書記さんの前まで来てしまっていた。
「……」
書記さんはなにも喋らずにレーヴェとトゥグルの顔を順に確認し、名簿に丸印を書き足す。
恐らく魔王の顔と名前が一致しているのだろう。
「……?」
次いでエーを確認して首をかしげ、名簿をみて眼鏡を指で上げた。
どきどきとエーの心臓が再び高く鼓動し始める。
「私の配下だ、連れてくる手配はしていなかったから名簿には名前がないと思う」
レーヴェが横から涼しい顔でそう告げる。
じい、と書記さんがレーヴェの赤い目を見つめる。
暫くそうしてから、書記さんは机のしたから紙を取り出して羽ペンとともにエーに差し出した。
「……えっと、」
ソレを受けとるべきか悩むエーの横からトゥグルが顔を出して確認する。
「…特別入館者名簿…名簿に名前がない奴はここに名前を書けということか」
なるほど、と納得の声を溢すトゥグル。
だがエーはそれこそ問題なような気がした。仮にも勇者の名前をここに残してよい物なのかと思ったのだ。
それでなくとも、エーは自分の名前があまり一般的ではない事を自覚している。
名前を残せば、個人を特定してしまうのは容易いのではないかと思う程度には。
と、エーがもやもやと悩んでいると、横から手が伸びる。
羽ペンを拐い取ったレーヴェはそのままさらさらと書類に名前を書いてしまった。
「これでいいな、ではいくぞ」
とん、とエーの背を押してから、レーヴェはすたすたと歩いていく。
「えっ、ちょ、待てって……!」
エーは慌ててその背を追いかけた。
じ、と二人の背を見つめ、
書記さんは視線を名簿に移した。
「なんてかいたんだよお前!」
レーヴェの背を追いながら眉を潜める。
「鳥三郎」
「鳥三郎!?」
素知らぬ顔で告げられたあまりにもな偽名。
目を丸くするエーの肩を、トゥグルがぽん、と叩いた。
「名乗る気のない名前ならなんでもよかろう、さっさと終わらせて帰るぞ」
また不機嫌そうな顔にもどったレーヴェはかつかつと足早に廊下を歩いていってしまった。
目的の会議室の前までやってきた。
空気は入り口よりもさらに重く濃くなっているように思う。
なにより、入り口は異形たちで混みあっていた。
「ふざけんなさっさと入れよ!」
「角が引っ掛かってるんだちょっとまってくれ」
「人型にもなれないんですか?ダッサいですねえ」
そんな怒号とざわめきが響く会議室前。その全員が魔王であるのだ。
もうさすがにエーは驚くのを諦め始めていた。
ゲームに夢中になる魔王もいる世の中だ、会議室に入れないでイライラする魔王がいてもいいじゃないか、と。
そう考えてから、大きなため息をついて、改めて辺りを見渡す。
レーヴェは相変わらず不機嫌そうだ。
ここまでの事もあるだろうが、この場の喧騒も合わせて不機嫌に拍車をかけているらしく、背中の炎がばちばちと音を立てている。
段々炎の魔王のことがわかってきたなあと自分自身に呆れているときだった、
ぐい、と手が誰かに引かれる。
「えっ?」
「…む」
鶏に変装中の勇者の間抜けな声が聞こえた気がしてレーヴェは振り返った。
だが先程までいた場所に勇者の姿はなく、
角が引っ掛かっていた魔王が入り口を通過したことによって部屋に入るひとの流れができはじめる。
「トゥグル、あいつがいない」
勇者より後ろにいた気がする友人に声を投げる。
トゥグルは少し辺りを見渡してから、
「大丈夫だレーヴェ、あいつもただの子供じゃない。あまり心配しても俺たちが疑われる、今は中に入ってしまおう」
そう言って、レーヴェの背をぽんと押した。
「…トゥグル…?」
レーヴェは困惑したようにトゥグルを見る。
友人の言動が先程までと全く変わっていたからだ。
トゥグルはいつもの無表情のまま、レーヴェの背をもう一度ぽんと押した。