第四話 魔王会議 Ⅱ
……
暫くして、エーが堪えきれずに声を漏らした。
「なにこれ」
エーはトゥグルに渡されて素直に着替えた己の装いを見る。
白い羽毛で覆われた胴部分、いや、胴だけではなく足や腕、手先に至るまで。
あしさきは黄色く、鱗のような、ゴムのようなものでできており、足の指は三股になっている。
勇者の証たる額宛をすっぽり包み込み、目深く被るフードもまた真っ白で、
とどのつまり、鶏のようなものの着ぐるみである。
「……なにこれ」
確認するようにエーはもう一度呟いた。
「地獄鳥の素材を100パーセント使った地獄鳥なりきりスーツだ」
トゥグルが説明する。まさしくそのままである。
「われわれちいさい型が大きい型に変装しようと作ったやつです!」
「生皮と生羽でできてます!」
「つくったはいいものの動きにくいわ暑苦しいわ生臭いわで倉庫行きになったやつですね!」
「なつかしい!」
スーツを運んできた小地獄鳥たちがぴーぴーと盛り上がっている。
対照的に生皮だの倉庫行きだの聞きたくない事実まで発覚してエーのテンションは急速に盛り下がっていた。
「本人たちが着てもただの暑苦しい仮装道具だが…素材が素材だ、人間一人を暫く魔族として擬装できる程度には力のある装備だぞ」
「ほんとかよ…」
どう見てもただの鶏スーツ。
魔族として擬装できる、などにわかに信じがたかった。
だがトゥグルは満足そうにひとつ頷く。
「では行くか」
そうして、トゥグルは先を歩き出した。
レーヴェが不機嫌そうな顔でトゥグルの背を睨み付けていた。
魔王の議会とやらにはトゥグルの氷の世界に向かうときに使った黒いゲートで向かうようで、
点火方法は以前と変わらないが、行き先は変わっているらしい。
魔法に疎いエーにはさっぱり違いがわからなかった。
まだ機嫌の悪いレーヴェの手をトゥグルが引き、ゲートへと入っていった。
いつもの移動の感覚はやや長いように思う。
だが、不安に思う前に視界が開けた。
まず見えたのは青空だった。
次いでよく剪定され手入れの行き届いた低木の緑。
視界に顔よりも大きなサイズの蝶々が映らなければ、魔界であることを忘れるところだった。
「ここが議会。統治する魔王のいない、魔王たちにとって絶対の中立地帯。フードは深めに被っておけ」
トゥグルが振り返り説明する。
エーはフードを目深く被り、改めて回りを見た。
やはり、魔界と呼ぶには禍々しさがないように思う。
「……全ての魔界が私のところのようなところではないぞ」
エーの心情を読んだのだろう、不機嫌そうな炎の魔王がやっと口を開いた。
炎の魔王の世界は青空どころか空がない。天井は岩で覆われており、それより上は伺い知れない世界だ。
「そうだろうけど、青空は始めてみた……」
エーは炎の魔王の世界以外の魔界にも行ったことはある。
どれも秒殺され帰還したが、やはりどこでも青い空は見たことがなかった気がする。
そう思って、再び空を見上げた。
(……いや、空を見る余裕がなかったのかもなあ)
エーは炎の魔王に出会う前を振り替えって、自分でも不思議なほど冷静にそう思った。
「行くぞ二人とも」
足を止めているエーとレーヴェに気づいたトゥグルが、振り替えって二人を呼ぶ。
エーは空から視線を外して魔界らしくない魔界を一歩踏み出す。
「…………」
そんな勇者の背を見て、レーヴェは目を細める。
なにか考えるように黙したあとに、ゆっくりとその背を追って歩き出した。
道中は至極平和な光景が続いていた。
青空の下、花の咲く花壇を横目に、鳥が鳴く庭を歩く。
ときどき角が生えた異形や羽のあるものなどとすれ違った。
その度エーはフードを引っ張り深く被るが、異形たちは気にする様子はない。
(すげえ…ほんとに魔族のふりができてる…?)
魔族のなかを当然のように歩いていく不思議な体験に半分おびえつつ、すこし楽しみつつ、三人は奥へと向かった。
庭園を歩いていくと、そう遠くない距離に大きな建物があった。
白い石材でできた建物で、大きな入り口にはシンプルだが細かい細工の施された柱がいくつも並び、とても大きな神殿のようにもみえる。
そしてその入り口には、頭にはヤギのような角、身の丈より大きな鎌をもつ、子供のような姿があった。
「さて、第一関門だ」
トゥグルがすこし声を小さくして言った。
「入り口にいるのは狩り取る者という魔族だ、侵入者がないか見張っている。非常に鼻が利くやつでな、あれにバレなければ中には入れる」
「……バレたら…?」
ごくり、とエーは唾を飲む。
「鎌は首を刈るための道具だ、常識だろう」
エーの後ろでレーヴェが首を切る仕草をしながら言った。
エーは首元を隠して顔を青くする。
「鎌は草刈りのための道具です!!しらねーよそんな魔界常識!!」
思わず大声でつっこんでしまったエーにトゥグルは声を抑えるよう人差し指を立てて口に当てて見せる。
慌ててエーは口をもふもふの手で塞いだ。
「……まあ、臭いに関してはそのスーツなら大丈夫だ、行くぞ」
先を行くトゥグルを見てから、エーはスーツの袖の臭いを嗅ぐ。
すっかり慣れてしまったが、たしかに鶏臭い。
「……また鎧に臭いがつくのか……」
はあ、とため息をついてからエーはトゥグルのあとを追う。