第四話 魔王会議 Ⅰ
喧嘩が出来るというのは仲の良い印だと昔誰かが言っていた。
それは自分の意見をぶつけられるほどに信頼する相手である証だからだ。
「だからまた今度なと言ったであろうに!」
「いや、今日という今日はついてきてもらうぞ、いつもいつも明日明後日と伸ばされて待っていた俺の身にもなれ」
だからこうして炎の魔王と氷の魔王が言い合っているのは悪いことではない。
彼らは親しい仲のようだし、お互いに声を荒げてもその仲を深めることはあれど崩れることはないだろう。
と、思うことで必死に耐えていた。
が、流石に限界が来たようで、
「お前ら俺を挟んで喧嘩するのやめてくんない!?」
灼熱と極寒の間にいたエーが、
堪らず震えながら叫んだ。
【第四話 魔王会議 】
「ぶえっくしょい!」
金色の勇者エーは一度に訪れた寒暖差に耐えきれず大きなくしゃみをする。
「…すまん、少し熱くなっていた」
エーの凍える左半身にタオルをかけながらトゥグルは素直に頭を下げた。
エーの右側で言い争っていたレーヴェは不機嫌そうにつんと顔を背けたまま玉座にふんぞり返っている。
「寒かったけどな…というかなんで喧嘩してたんだよ」
物珍しげにトゥグルを見上げる。
エーの知る限り、トゥグルは意味もなく声を荒げる性格ではない。多少傷つきやすいことを除けば、冷静に物事を見て、遊びに走る炎の魔王を止める役目であるようにおもう。
この喧嘩は、そんなトゥグルが己の温度管理を忘れるほどの案件だったということだ。
トゥグルは少し考えてから口を開く。
「各魔界の魔王たちが定期的に集まる会議があってな、何度も参加するように言っているんだが次回は次回はと言うばかりで動こうとしないんだ」
「トゥグル、こいつは勇者だぞ、余計なこというな」
相変わらず無表情なトゥグルの説明に不機嫌そうなレーヴェの声が割り込む。
「前に俺の世界に来たときがあっただろう。その時もこの話をしに行ったんだが、結局うやむやにされてしまった」
それを無視して尚トゥグルは淡々と説明した。
「ちょ、ちょちょちょっと、まって」
待ったかけたのは説明を受けていたエーの方だ。
「なに?いまなんかものすごいこと言ってない?魔王が集まる会議??」
困惑してひきつる表情でエーはトゥグルを見上げる。
たしかに魔王はたくさんいる。それは勇者としては常識だ。
だが、魔王が集まることがあるなど聞いたことがないし、そんな恐ろしい集会は合ってたまるものでもない。
「ああ、だがお前が想像するような悪巧みをしているというわけではない」
しかし、トゥグルは平然とした顔でうなずいて説明を続ける。
「侵入者への対抗策や、環境汚染の改善、あとは貿易の話、そういう情報交換の場として会議が行われている」
唖然とするエー。
いままで"魔王らしくない魔王"を見ていたつもりだが、トゥグルが説明する"魔王"はまた違った方向でエー想像する"魔王"とは違っていたからだ。
それはまるで、
「本当に王様みたいだな…」
ぽかんと開いたままの口からそのまま抱いた印象が出てくる。
トゥグルはそれにもう一度うなずいた。
「魔王とは多くの場合は配下がいて、民がいる、一国の王だ。まあ、例外もいるが…」
丸くした青い目をぱちくりとさせて、エーは「はあ…」と返事にもならない声を漏らす。
これ以上崩れることはないだろうと思っていたエーの中の魔王像がにまたヒビが入った。
だが同時に、そうだよなという納得も含んでいた。
目の前にいる二人の魔王はたしかに配下がいて、城をもっている。正しく"魔族の王様"なのだろう。
そして、炎の魔王と氷の魔王という両極端な属性の二人が親しい友人関係でいるのは魔王たちにどこかで接点があるからなのだ。
「トゥグルとこいつのとこも貿易?してんのか?」
目を丸くしたまま続けるエーにトゥグルは素直に答える。
「ああ、といっても俺のところから出せるのは氷ぐらいなんだが」
頷くトゥグルをみてエーはまた「はあ」と呆けた相槌を打った。
そして暫く考えてから、最高に不機嫌そうな炎の魔王の方をみて言う。
「じゃあやっぱお前が悪い」
「はあ?!」
突然自身に向けられた言葉に、レーヴェの髪の炎がごうと燃え上がった。
いつものエーならここで一歩引くところだが、今回は平然としている。
「だってトゥグルはそんな大事な会議にわざわざ誘いに来てくれてるんだろ?じゃあちゃんと答えてやらなきゃだめだろ」
それは勇者としてではなく、一人の一般人が抱く通常の正論だった。
だからエーは当然のような顔をして言うし、レーヴェは「ぐぬ」と言って言葉を詰まらせる。
「あ、あの会議は!毎回参加者が少なくて!行ってもなんの意味もないのだ!」
レーヴェは顔を背ける。
エーが確認するようにトゥグルの方を見ると、トゥグルはすこし顔を伏せた。
参加者が少ないと言うのは本当らしい。
「でもトゥグルがわざわざ来てくれてんのは変わらないだろ、いままで溜め込んでたツケだと思えよ」
真実を確認した上でのエーの言葉はなおのことレーヴェの胸に突き刺さったようだ。
バチバチと背の炎が弾けて、黒煙をあげた。
「………………わかった」
長い長い沈黙の後、すっかり燃え上がっていた炎が弱まったレーヴェが小さな声で呟いた。
トゥグルがその様子を見て目を見開く。
魔王を言い負かしたことに満足げな勇者をみて、
暫く考え込むようにしてからトゥグルは口を開いた。
「エー、お前も一緒に来ないか」
その言葉にはエーもレーヴェも同じように驚いた声をあげた。
まさかそんな話が来るとは思わなかったエーは豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「トゥグル、お前何を言っているのかわかっているのか」
驚愕の表情でレーヴェはトゥグルを見つめる。
トゥグルはそれにうなずいて返した。
「お前にとっても、悪い話ではないはずだ」
トゥグルはポカンとするエーに言葉をかける。
困惑するエーは二人を交互に見てから混乱する頭でどうにか言葉を探す。
魔王が集まる会議だと聞いたばかりだ。
それはつまり、勇者が一人でも入るなんてことは余程の実力でもないかぎり、ライオンの群れにウサギを1羽放り込む行為と同義だ。
とって喰われるオチは目に見えている。
だが同時に、滅多にない機会である。恐らく一生に一度あるかないかの。それも無い方が多い。
「もっと多くの魔王をみる」という小目的と、「魔王がなに考えてるかわからない」という疑問を両方確認できるチャンスなのだ。
悩むエーはひとつの問題に突き当たり、トゥグルを見上げた。
「でも俺、どう見ても人間だぞ?」
強い弱い、勇者であるなし以前に、どこから見ても人間なのだ。
仮に勇者であることを隠し通せたとしても、人間である時点でアウトである、と。
だがトゥグルは真剣な顔でうなずいて見せる。
「それは、考えがある」