第三話 紅蓮の勇者 Ⅴ
戦いが終わるまでそう長くはなかった。
決着は、
ついていない。
エーは開いた口を閉じるのを忘れていた。
それだけ激しい戦いだった…なんてことはなかったからだ。
炎の魔王がドラゴンになって戦いはじめて数十分。
唐突に炎の魔王とカリマは距離を取り、ひとつ息を吐いて、
「「飽きた」」
口を揃えて言ったのだ。
「はぁ?!」
さすがのエーも立ち上がらざるを得なかった。
カリマがエーに気づいて顔を向ける。
「ん?なんだ、いたのかきんぴか」
隠れてみていたことを忘れていたエーはしまった、と思うがすぐに首を横に振る。
「んなことよりなんだよ二人揃って飽きたって!飽きたって!!お前!!また!!」
炎の魔王を指差し不満をぶつける。
エーは以前炎の魔王に考えを根底から変えるような助言をされた直後に「飽きた」と言われているのだ。
知ってはいたが、再度発動した突然の飽きた発言にエーは苛立ちを隠せなかった。
「十分以上同じ相手と戦ってられるか」
「右に同じく」
ドラゴンの姿のレーヴェは口を尖らせて言う。
便乗するようにカリマもうんうんと頷いた。
エーは頭を抱える。二人揃って似たようなやつらだったのか、と。
落ち込むエーの肩を、トゥグルがぽんと優しく叩いた。
「あーたのしかった」
それは勇者たちの帰路の途中。カリマは良い笑顔でそう言った。
エーはがくりと型をおとす。
火傷まみれだったカリマはレーヴェの配下たちに治療され、そのあとすぐにレーヴェが「四人もいるんだからレースゲームをしよう!」と言い出し、結局魔王と勇者そろってゲームをしていたとたいうなんとも締まらない一日となった。
いや、確かに楽しかったのだが。
「かっこいいのを目指してるんじゃなかったのかよ」
エーはカリマをじと目で見る。
「あのまま続けても長引くだけで最後には押し負ける。執着するのはかっこわるいぜ」
カリマはふふんと胸を張って見せた。
もっともだった。だがそれに素直に同意できず、魔王もろくなやつが居ないが、勇者も変なやつが多いのだろうか?そんなことを思いながらエーは深くため息をついた。
「でもまあ、楽しかったぜ」
カリマが足を止めてエーの方を向く。
「また誘えよ、エー」
そう言って、カリマは右手を差し出す。
エーは少し呆気に取られてから、ふと自然に笑みが溢れていた。
「おう」
ひとつ返事をしてから、差し出された手を握る。
変なやつだ、だが悪いやつではない。
この勇者も、あの魔王たちも。
ふとトゥグルが言ったことを思い出した。
"もっといろんな魔王と会え。もっとたくさんの勇者と話せ。"
その真意はまだわからない。だが、こうして会って、知ることは、少なくとも悪い気分にはならない。
ならば、それをしばらく目印にするのも良いかもしれない。
魔王らしくない魔王を倒すために、己の勇者らしさを探すために。
エーは、決意するように、
握手した手を堅く握り直した。
堅い握手の後、カリマは「そうだ」と、なにか思い出したように言ってから、
「炎の魔王って、ほんとにドラゴンか?」
不思議そうな顔でエーに訪ねる。
エーも同じような顔をした。
「さあ?あいつが変身したのを見たのは今日が初めてだし」
エーの返事を聞いて、カリマは首をかしげる。
「ドラゴンなら俺の剣が通らないはずないんだけどなあ」
今度はエーが首をかしげた。
もちろん、なにいってんだこいつという意味でだ。
それを察したカリマは首を横に降る。
「俺は屠竜の民っていうドラゴン狩りの部族出身なんだ、だからなんというか、あいつはドラゴンとはちがった。でも妙に似てた。変な感じだ」
カリマは腑に落ちないようにがしがしと頭をかく。
エーもそれに続くように、難しい顔で腕を組んだ。
どうやらまだ、あの魔王だけとっても知らないことが多そうだった。