第三話 紅蓮の勇者 Ⅵ
「目を反らすな」
隣にいるトゥグルがそう声をかける。
何をいってるんだこの魔王も、とエーは顔を覆ったまま思うが、肩に感じた刺さるような冷たさにびくりと体を跳ねあげた。
「~ッ!!!」
悲鳴こそ我慢したが、がたん、と大きめな音がたつ。
幸いにも戦う二人には聞こえなかったようだ。
エーは己の肩を見る。
氷で作られた巨大な手が、エーの肩を掴んでいた。
その手の主は勿論となりにいる氷の魔王だ。
「おいトゥグル、なにす…」
驚かせたことへの文句を一言でも言ってやろうとトゥグルのほうを見るエーはそれ以上言葉を言えなかった。
氷で作られた両腕、口から吐き出す白い冷気、凍るような瞳は真っ直ぐ真剣な眼差しで対峙する炎と紅蓮を映している。
恐ろしくも思わず見とれてしまうその横顔を見ている暇もなく、
突然響いた轟音に、エーは身を縮ませながら振り向いた。
爆発が起きたかのような音だった。音に少し遅れて、高温の熱が津波のように押し寄せる。
それらの中心には、真っ赤な炎が燃え上がっていた。
炎の奥で、尚赤い瞳が宝石のように輝く。
炎の中の赤い瞳に黒い輪郭がついてくる。
暗く赤い影は炎のなかで育つように大きく形を作っていく。
「恐れ戦け、目に焼き付けろ、この姿を視界に映せることに感謝しながら灰と化すが良い」
地獄の底から響くような邪悪な声がする。
これが、これこそが魔王なのだと、見るものにも聞くものにも理解できるように。
そして、咆哮と共に魔王を包んでいた炎が散り散りになった。
火柱の中から現れたのは高さは4、5メートル、体長は10数メートルはあるだろうか、蜥蜴や、は虫類に似た姿だった。
全身を覆う赤黒い鱗は燻る石炭のように鈍く燃えており、所々から火が上がっており、
金色の角と赤い瞳だけが、人の形をしていたころの名残のように爛々と輝いている。
それは、ドラゴン、または竜とよばれる生き物であると誰もが確信するだろう。
エーは言葉を失った。
ドラゴンを始めてみたというのもそうだが、
つい数分までは、言ってしまえばバカにしていたゲーム好き魔王が、絶対の強者としてそこにいるのだ。
肩から冷たい手が離れるのを感じてハッと我にかえる。
トゥグルはあの熱の波から守ってくれたのだろう。
では、あれをまともに受けたであろうカリマはどうなったか、とエーは不安と共に顔を向けた。
カリマは立っていた。
体の至るところを火傷で蝕まれながら驚いた顔でドラゴンを見上げていた。
火傷がそこまで重度ではないところを見ると、火に対する対策はしてきたらしいことにエーは胸を撫で下ろした。
「…ドラゴン…」
震える唇でカリマはぽつりとつぶやく。
「そうか…お前、ドラゴンか…ドラゴンなのか…!」
驚きで丸くした目が嘘のように細く鋭く変わり、灯をともしたような橙色の瞳が炎の魔王を捉える。
まるで別人になったかのようだとエーは思った。そこで対峙する二人はまさしく魔王と勇者だと。
カリマが剣を構える。
魔王が地響きのような咆哮を上げ、
紅蓮の勇者は地を蹴った。