第三話 紅蓮の勇者 Ⅳ
白い城を進むのは大きな剣を背負った戦士の姿。
城内には生き物の気配はなく、罠に困らされることもない。
ただただ静寂に包まれた美しい城を歩くのは、むしろひどく不気味だった。
大きな階段を上っていった先にあるのは巨大な扉。
金の装飾が施されたその扉を押し開ける。
先に待っていたのは、いままでとはうってかわって燭台が少なく、やや薄暗い大きな広間。
奥にある巨大な玉座に座る人影の背負う炎が、この部屋でもっとも大きな光源であろう。
玉座に腰かける白と金のコートを纏う赤い髪の人物には、髪色に栄える大きな角が生えている。
よく見れば、背負う炎はその赤い髪から一繋ぎになっており、いうなれば炎の髪と言ったところだろう。
炎の化身のようなそれは赤い瞳を戦士へと向けて口を開く。
「ようこそ私の城へ、地獄の業火に焼かれに来た愚かな人間よ」
戦士は橙色の瞳を細めて炎を見る。
「この世界の魔王はお前か」
炎はニヤリと笑ってみせる。
それは肯定の意だ。戦士は武者震いで手を震わせ、笑いだしたくなるのを堪えて大剣を構えた。
「俺は紅蓮の勇者、お前の首、貰いにきたぜ」
戦士の名乗りを聞いて、炎は王座から立ち上がる。
「良いだろう、ここまで来た褒美だ、その名の示す紅蓮に焼かれて息絶えるがよい」
「はあ…」
こっそり隠れて見守るトゥグルの横で、エーはため息をついた。
「どーして普段からあんな風に魔王っぽくしてくれないかねえ」
胡座をかき、頬杖をついて見ているエーのため息は明らかに呆れて出るため息だった。
「そう心配するな」
「心配はしてねえっ」
エーの様子を見てトゥグルが声をかけ、エーは即座にそれを否定した。
「トラップを使わないと約束させただろう」
エーは頷く。
金色の勇者は炎の魔王になんども剣を向けている。だが鬼ごっこ(圧倒的地形有利付き)以外で勝ったことがない。
それは炎の魔王が盗賊職顔負けの罠師であるからだ。
まず城へと続く大橋に穴が開く罠から始まり、溶岩に落としたり針が壁から飛び出たりと普通の人間なら避けられない絶妙な場所に罠を、あの魔王は自ら設計して仕掛ける。
極めつけは玉座の間。この場所はほぼ全面にスイッチ式の落とし穴が仕掛けられている。
いまから魔王と戦うという勇者の注意力が魔王にすべて向けられているちょうどその時に、ピンポイントで足下に穴が開く。
そうでなくても勇者が切りかかるために飛びかかった場所に穴が開くのだ。
だがそれが、それだけが、魔王決戦に最も不要なものだった。
エーの思う魔王戦は、魔王と一対一の命の取り合いだ。
罠なんてもので水を刺されて良いものではない。
きっとそれは、「かっこいい魔王」を求めるカリマにとってはエーが考えるよりももっと重要なものになってくるだろう。
故に、今回は炎の魔王に罠を使う事を禁止した。
相当渋られたが、トゥグルも説得に加わりどうにか了承させたのだ。
トゥグルは向かい合う赤い二人に視線を戻して静かに言う。
「ならば、期待してみていると良い」
エーは渋い顔で視線を同じく向けた。
カリマが飛び込むように斬りかかる。
大きく降り下ろされる剣を、体を少し反らして最小限の動きで避けるレーヴェ。
余裕の表情の魔王に対して、カリマはにやりと笑い、床へと降り下ろされた剣をそのまま横に振るった。
カリマの剣は鉄の板のような大剣だ。ただの棍棒扱いしたとしても、ダメージは十分だろう。
だがそれは恐らく真っ当な生物に対してのみだ。
魔王は意図も容易く振るわれた剣を片手で受け止めて見せた。
(あれ、ほんとに魔王っぽい)
エーは戦いを眺めながらふと思う。
そもそも、炎の魔王が戦っている様を想像すら出来ていなかったことに気づく。
そして、そんな魔王と戦えているカリマを、少し羨ましく思った。
レーヴェがふわりと飛ぶように後退しカリマと距離をとり、パチパチと軽く拍手をする。
「良い出来だ、私をここまで追い詰めたのは貴様がはじめてだぞ」
(いや、まだ始まって5分もたってないのにその台詞早すぎだろ)
見守るエーはそっと首を横に降る。
「だがそれまでだ。なぜなら…」
魔王は不敵な笑みを浮かべる。
カリマは警戒するように剣を構えた。
「私はまだ、変身を二回残しているからな」
「なん、だって…!!」
対峙するカリマも、見守るエーも驚愕する。
エーは、こんなにはやくその台詞を言ってしまうのか!!という意味で。
それは人間形体もで追い詰められた魔王が使う台詞であって、ダメージ蓄積0の魔王が言っていいものではない。
エーはカリマのほうを見る。
魔王らしくない、などと戦いを投げ出したりしてしまわないだろうか。
「まだ、強くなるっていうのか…」
震える手、伝う汗、やや紅潮した顔、わずかに上がる息。
エーはカリマの心情を理解して、すっと真顔になった。
(ああ、こいつ、魔王っぽさと勇者っぽさに酔ってるんだ)
そう、カリマは死闘に息が上がっているわけではない、
"魔王らしい魔王"から発せられる'"魔王っぽい言葉"に"勇者っぽい言葉"で返すことに酔いしれているのだ。
エーは思わず顔を手で覆う。
(俺もしかして知り合っちゃいけないやつと知り合っちゃったかな)
自分のことではない、ないのだが恥ずかしい。自分も拗らせたらこうなるのかと思うと尚はずかしい。