第三話 紅蓮の勇者 Ⅲ
氷の魔王、トゥグルとエーの出逢いはこの炎の世界でだった。
そのときは放つ冷気と冷徹そうな表情に怖じ気づいたし、そのあとも変わらぬ無表情と的確な指示に安心感を抱いたり、やや謎めいた助言に頭を悩ませたりもしたが、
エーはトゥグルのことを基本的には良いやつだとおもっている。
それはきっと、エーよりも付き合いが長いであろう炎の魔王も同じ思いだろう、とエーは思う。
だが、トゥグルは心が折れるのが異様に早い。
魔王とは強さを対価にどこか抜けてしまうものなのだろうか?
そんなことを炎の魔王を見上げながらエーは思った。
「なにやら挑んできた勇者に"つまらない"、"魔王っぽくない"と言われ戦いを放棄されたらしくてな、たしかにそうだな、と言ったらこの様だ」
「それとどめ指したのお前だよね?」
腕を組んで不思議そうに首をかしげるレーヴェにエーは冷静に突っ込みを入れた。
しかし、このままトゥグルを放っておくのも目覚めが悪いというか、なんとなく後ろめたいきもちになる。
エーはどう慰めるべきかに思考を移した。
前回はトゥグルの世話係という女性二人が立ち直らせたようだった。
世話係というからにはトゥグルの性格もよく把握して的確な言葉をかけられるだろう。
だが自分はどうだろう?
付き合いの長さなど話にもならないし、なにより自分は勇者だ。勇者が魔王にかけられる慰めの言葉など魔王にとってどれほどのものなのだろうか。
「えーと…」
エーは頭のなかで言葉を選ぶ。
何を言っても、勇者に言われたくない、と言われれば終わりだ。
いや、何を言っても同じなら、むしろ無理に言葉を選ぶ必要はないのでは?
「…トゥグルは冷静だし、ちゃんとした指示ができるし、すげーと思う」
なんとなく最初に思った感想を伸べてみた。
トゥグルの薄青色の目がちらり、とこちらをみたのを見つける。
どうやら反応ありのようだ。
「あー、ほら、魔王って一応王様だろ。冷静に指示ができるのは王様には戦うよりも大事なことじゃねーかなー?じゃあそこの赤いやつよりずっと王様してるんじゃねーかなー」
エーは炎の魔王をちらりと横目で見る。
黙って聞いていたレーヴェだったが、自分が引き合いに出されたことを少し遅れて理解して、むっと口をへの字にした。
「私とトゥグルを比較するな」
「お前が魔王っぽかったの最初だけだろ、最近はゲームしたり逃げ回ったりばっかりじゃねーか!」
エーの主張は真実である。故にレーヴェは反論することはできない。
だからこそ、行き場のない苛立ちで髪の炎がごう、と燃え上がった。
「そのゲームしたり逃げ回ったりしてる魔王にいつまでも勝てないのはどこの勇者さんだ?ん??」
「おまえにゲームでまともに勝てるわけないだろ、それに逃げ回ってた時は!俺が!勝ちました~!!」
煽ってきたレーヴェに対して、エーも盛大に煽り返す。
エーはちょっと愉悦を感じていた。
なぜなら、一度隠れ鬼というゲームで勝利してから、この口達者な魔王に言い返すことができるのだ。
燃え盛る炎を前に喧嘩の売り合いはさすがに肝が冷えるが。
「で?!貴様は何しに来たのだ?!いつも勝負だとか喚きながら乗り込んでくるくせに今日はふつーに入って来おって!!」
レーヴェの切り返しに、エーはハッとして、すっかり忘れていた同期のことを思い出した。
「…と、いうことなんだが」
エーはカリマのことを説明し終わる。
レーヴェは不機嫌さを隠すこともなく嫌そうな顔をした。
「私のことを勝手に広めるな」
「広めたくて広めた訳じゃねーし」
同じような表情でエーも返した。
しかし、どうしたものか。とエーは考える。
「カリマと戦ってやってくれ」というのは、
勇者の口から「他の勇者呼ぶから戦ってくれ」と魔王に言う、と言うことである。
さすがにそれは、勇者としても、百歩譲って知人としても如何なものなのか。
だがエーとしては、この魔王が魔王らしく戦うところを見てみたくもある。
「いいんじゃないか、戦ってやれば」
嫌な顔を向け合う二人の側に、
気づけばひっそりとトゥグルが立って言った。
「うわっ」
「わっ…トゥグル、復活したのか」
二人が同時に驚き、トゥグルは静かに頷く。
「この前のおいかけっこ以外大して体も動かしていないだろう、たまには動かさないと体が鈍るぞ」
トゥグルの指摘にレーヴェは唸る。
そして考え込むように腕を組み、暫くの沈黙のあと、
「……いいだろう。その無謀で愚かな挑戦受けてやる」
にっと牙を見せて笑った。