第三話 紅蓮の勇者 Ⅱ
彼は紅蓮の勇者。名をカリマという。
勇者になった時期を聞く限り、エーと同期といったところか。
彼はどうも、"かっこいい魔王"を探していて、何度も同じ魔界に挑み続けているということはさぞ強くてかっこいい魔王がいるのであろう、という思いを抱き、エーに話しかけてきたらしい。
「…で、どうなんだよ。その魔王って熱いやつ?かっこいい?」
ずい、とカリマが距離を詰めてくる。
エーはやや引きつつ、思い出すようになにもない天井を見上げた。
「まあ、うん、熱いやつだよ」
物理的な意味で。と頭のなかで付け足す。
なにせ炎なのだから。
では、かっこいいかどうかを思い返す。
玉座で寝そべりゲームをする姿はお世辞にもかっこいいとはいえない。
だが、そう、最初はたしかに…
と思い返したところでエーは気づく。
「…なあ、カリマのいうかっこいい魔王ってどんなんだよ」
エーがそう訊ねると、カリマは橙色の瞳を丸くした。
聞かれるとは思っていなかったのだろう。そして、なにいってるんだこいつ、といった顔だった。
「んなもん、決まってんだろ」
カリマは握り拳を作って力を込めて言う。
「魔王らしい魔王だよ!」
その一言を聞くなり、エーは胸に杭でも打ち込まれたような痛みを感じて胸を押さえて呻く。
的確に表現するなら、暴かれたくない過去を掘り出された気分だ。
もっと的確に言うなら、黒歴史触るな危険、という札を出したい気分だ。
エーもかつてはそんな思いを抱いていた。いや、いまは無いといえば嘘になる。
やはり勇者らしくありたいからには魔王らしい魔王と戦いたいのだ。
だからこそ魔王らしさの欠片でもみせた炎の魔王に固着しているのだろうと思う。
だが!夢を語るカリマの熱さと煌めく瞳を見ると、なにか自分がとてもやましい気分になるし、勇者らしく戦えているのか謎である現状を考えればとてつもなく情けない気分になるのはどうしようもなかった!
肩を落とすエーをカリマが不思議そうに見つめている。
「で、どうなんだよ、お前の獲物は」
カリマがエーの心情を察することなく返答を急かす。
エーは軽く咳払いをしてから続けた。
「あーうん、魔王らしい、うん、魔王らしいよ…最初は…」
最後の言葉をごにょごにょとぼかしつつ答える。
言い終わった直後に、エーの手をカリマが拐うように力強く掴んだ。
「そいつ!俺にも戦わせてくれねーか!」
橙色の瞳がエーの眼前でキラキラと輝いている。
エーはなんとなくそれから顔をそらした。
やましいことなどない、ないのだ、ないはず…。ないよね?
と心が訴えかける。
「…あー…えーとそうだな、うん、聞いてみるわ」
なんともいえない返答をする。
言い終わるより早く、カリマは掴んだエーの手をぶんぶんと振る。
「本当だな!?絶対だからな!!」
オモチャを買う約束でもした子供のような喜びように、エーはもうカリマを直視出来なかった。
膝に抱えた金の鎧がずしりと重くなったような気さえする。
カリマと別れて、いつものゲートをくぐるときになって、
とてつもなく自分が歳をとった気がして重くため息をついた。
灼熱に囲まれた白亜の城を歩く。
エーの訪問で罠が増えることはなくなった。
始めてきたときは無人だったと思われた城内は、非戦闘員が多いために勇者の訪問の際は全員が避難するか隠れている、ということを知ったのは割りと最近のことだ。
今ではそこかしこを白い羽毛の塊のような生き物、地獄鳥が歩き回っている。
それぞれが銀のトレイに料理をのせて運んでいたり、ふわふわのタオルを抱えていたり、本の山を頭にのせていたり、時々すれ違うムキムキの地獄鳥を除けばなんとも平和な光景である。
「あ、ゆうしゃどの、いらっしゃいませ」
通りかかった地獄鳥がエーを見上げて挨拶する。
「俺は勇者だから歓迎するな」と何度言っても聞かないことはここ最近の訪問でわかっているので、エーはごく普通に対応する。
「今日は魔王いる?」
地獄鳥は隠す様子もなく素直に頷いてから答える。
「いらっしゃいますよ。あ、でも、おとりこみちゅうかもしれません」
困った表情の地獄鳥に、エーは首をかしげた。
巨大な扉を押し開ける。
玉座の間に足を踏み入れてすぐに漂ってきた冷気に身を震わせた。
足元の地獄鳥は寒さに羽を膨らませてさらに丸くなっている。
灼熱の世界で感じる冷気には覚えがあった。
玉座の間を見渡すと、部屋の角に薄紫色の塊が見える。
それの側には炎の魔王、レーヴェが腕を組んで困ったように薄紫色の塊を見下ろしていた。
「まおうさまー、ゆうしゃどのがきましたよー」
丸くなったままの地獄鳥が声をかける。
レーヴェはちらりとエーの方を見やり、また薄紫色の塊に視線を戻した。
エーは魔王の元へと歩いていく。
近づいてみれば、薄紫色の塊は長いウェーブのかかった髪であることがわかり、部屋の隅で足を抱えてうずくまっているのであろうことがわかる。
そしてその落ち込みまくっている様子の人物の足元からはドライアイスのように冷気がどろどろと流れており、
この世界でそんな芸当ができるほどの冷気を持っている人物は、恐らく、ほぼ確実に、氷の魔王トゥグルであることを察することができた。
「…前に会ったとき突っ込み損ねたんだけど、トゥグルってメチャクチャ落ち込みやすい性格だったりする?」
ずーん、という効果音が聞こえそうな様子のトゥグルをエーは見下ろして苦い顔をする。
「うむ、体は鋼も通さぬ氷河、心は薄氷でできている。プレパラートよりも薄い」
深く頷くレーヴェ。
エーもそれには、「はあ」としか言えなかった。