第三話 紅蓮の勇者 Ⅰ
青い壁、青い床、青い天井
文字にすると随分と奇抜なようだが、この城の全ては氷でできている。
密度の高い氷は向こう側を透かさないが、決して不透明であるわけでもない。
各所に置かれた魔法の明かりを反射して輝くシャンデリアのような氷柱や、各所に置かれた氷の彫像はたいへん美しく、
この城自体がひとつの芸術のようだと息を飲む者もいるだろう。
「……」
だがその全てを無視して歩く赤毛の剣士が一人。
竜の尾さえ両断できそうな、分厚い鉄の板のような大剣を担いで、城の頂上を睨み付けた。
身長の何倍もありそうな大扉を開く。
広いホールにでる。まるでダンスホールのようなその場所の奥には、また大きな玉座がひとつ。
そして、それに座するのは大きな玉座にはやや不釣り合いな細身の姿。
薄紫の長いウェーブのかかった髪、肌は雪のように白く、瞳は氷のように透き通った薄い青色、男とも女ともつかない中性的な顔立ちの人物だった。
それは自身の両側に一人ずつ、青い、文字通り青い肌で一糸纏わぬ美女を侍らせて、
訪問者を冷たく美しい青の瞳で睨み付けた。
「お前がこの世界の魔王か」
剣士は切っ先を向ける。
美女たちがクスクスと笑うの声がホールに響く。
"魔王"は静かに答える。
「いかにも」
返ってきた言葉を聞いて、剣士はにやりと獰猛な獣のような笑みを見せた。
「もらいに来たぜ、てめーの首」
"魔王'"は青い目を細める。
そして、美女二人を制して玉座から立ち上がる。
その瞬間、ぱきぱきと音をたててホール全体が軋む。
玉座を中心にして氷の床が尚も凍てつき、白く美しい模様を作っていく。
"魔王"の氷の腕が、挑戦者たる"勇者"に、静かに向けられた。
「こんじきのゆうしゃさま~」
呼ぶ声が聞こえて、金色の勇者エーは顔をあげて立ち上がる。
ここは距離感のわからなくなるほどの白い空間。
白いカウンターと白いソファーがいくつも用意され、さながら真っ白な待合室といったところだ。
だがそこで働いているのは人間ではない。
カウンターの向こうでは癖のある金色の髪をもった少年少女が世話しなく動いており、そのすべての背には白い羽、頭上には光る輪をもっている。
所謂天使たちだ。
ここは天使たちの勇者物的支援施設。別名天使さんファクトリー。
今日も今日とて、天使たちは忙しく働いている。
「そうびのてんけん、おわりましたよ~」
よいしょ、と持ち上げるのはエーの身に付けていた金の鎧と金の剣。
エーは念のため全ての装備が揃っているか数える。
金色の勇者が金色の勇者たる由縁の金装備だが、欠点として一般的な鍛冶屋では点検と整備が出来ない点がある。
金という鎧としてどうなんだという素材でできているために、一般的な鍛冶屋は困惑するのだ。
故に、エーの装備の点検は専らここ天使さんファクトリーで行っている。
「ん、全部あるな。大丈夫そうだったか?」
受付の天使を見る。
年端もいかない少年か少女のような姿の天使はその年頃特有のふんにゃりとした笑顔で答える。
「もんだいはありませんでした。ちょっとにおうのでせんじょうしたていどです」
「うっ…」
朗らかな笑顔から包み隠さず報告された事実にエーは心を抉られる。
鎧だから仕方がない、ましてここ最近通いつめているのは溶岩で満たされた灼熱の世界である。
汗と硫黄と焦げた灰とまあ臭いの原因はいくらでも上げられる。が、やはり"臭う"といわれるのはかなりショックだった。
定期的に洗浄しよう、という決意を抱いてエーはもうひとつ天使に訊ねる。
「鎧だけど、やっぱり女神さまの加護とかついてた?」
それはエーが鎧を譲り受けた、故郷の村長がしつこく話していたこと。
女神の加護をうけた鎧だといわれて着ていたが、その恩恵に預かったことは一度もない、と思う。
なので、思いきって魔法鑑定にも回してみたのだ。
天使は結果を記してあるのだろう書類をめくって項目を確かめて答える。
「めがみさまのごかごは、ふよされていないみたいですね~」
鑑定結果を聞いてエーは肩を落とす。
いや、期待はしていなかった。むしろ予想通りといえるだろう。そもそも恩恵があるなど思っていなかったのだ。
だが、希望が欠片もなかったわけではないので、実際に無いと断言をされるとやはり少しショックだった。
そして、そんなエーに近づく影がひとつ。
「おい、そこの金ぴか」
乱暴に話しかけてきた声に、エーは振り返った。
まず目に入ったのは巨大な剣だった。分厚い鉄の板のようなその剣は、エーの剣を大剣と呼ぶならこちらは特大剣だ。
次いで橙色の瞳と、茶に近い赤毛の髪に埋もれるようにカチューシャ型の金の装身具。
瞳と同じ色の宝石が埋め込まれているそれと、この天使さんファクトリーにいるという事実。
間違いなく勇者だった。
「なにじろじろみてんだよ。お前あれだろ、ひとつの魔界に通い詰めてるっていうきらきら勇者だろ」
エーは眉をしかめる。
たしかに炎の魔王のところに通いつめてはいるし、金の鎧のせいできらきらとかきんぴかとか呼ばれているのも知っている。
だからこそ、エーは不快感を相手に分かりやすいように表情に出してみせた。
だが相手はそれを意に返すこともなく、にっと笑って言う。
「聞かせてくれよ、そこまで熱くなれる魔王のこと」