第二話 氷の魔王 Ⅴ
廊下の遥か先を走る炎の魔王。
赤い髪はこの城の中で嫌でも目立つし、燃える炎は氷でできた建物である故に、壁を透けて存在を主張するため、見失うことはなかった。
だが速い。圧倒的に速い。
エーは人並みに走る事はできるが、鎧をつけて走っているためやはり速度は落ちている。
トゥグルのほうも、エーと変わらない速度で炎の魔王を追っている。
「ふはははは!!遅い!遅いわ愚か者めー!!」
わざわざ振り返りながらこれでもかと煽りを入れてくる炎の魔王。
エーはぎりりと歯を噛み締める。
「くっそ足はええ!捕まえたら経験値大量に貰えるかな!?」
「魔王だからな」
追うエーのぼやきに、走りながらでも汗一つかかないトゥグルが冷静に答える。
「御前ごときが捕まえられると思ってるのか!おーまーえーごーとーきーがー!フーハハハハハ!!!」
盛大に調子に乗り始めた炎の魔王。
調子につられるように、炎の魔王の背負う炎が黄色に燃え上がり、揺れる。
「……もう少し辛抱しろ」
トゥグルがエーの隣を走りながら、白い息をはいて小さくそう言った。
エーがその声に、「なんの話だ」と言おうとしたそのときだった。
「うおおっ!?!?うわあ!!」
前を走る炎の魔王が、足を滑らせたのだ。
べしゃりと頭から氷の廊下に転がり、沈黙する。
突然の事にエーは走るのをやめて目を丸くする。
「……レーヴェの温度は感情に揺れやすい」
トゥグルが立ち尽くすエーの横で腕を組んで解説する。
「つまり、調子に乗ったお前は温度を上げた。足元の氷を溶かす程度にな」
解説をいれながらトゥグルはエーの横を通り抜ける。
なるほど、とエーは納得した。
たしかに炎の魔王は感情によって髪の炎の強さや色が変わる。
良くみれば、炎の魔王の足元は濡れて滑りやすいであろうつやつやの氷となっていたのだ。
振り返ってみれば、炎の魔王の足が触れたであろう場所が足跡の形をつくって、凍っている。
とすると、トゥグルが白い息を吐いていたのは溶けた部分を踏んで追いかける側が転ばぬように即座に凍らせていた、といったところか。
と考察したところで、また魔王に助けられていたことにエーは口をへの字にした。
「……さあ、鬼ごっこは終わりだ。今日こそはきちんと話を……」
炎の魔王へ歩み寄った氷の魔王が手を伸ばす。
だか、氷の床に突っ伏していた炎の魔王が、素早く頭をあげて、牙を剥いて叫んだ。
「卑怯だぞトゥグル!!冷血!!血も涙もない!!」
子供のような罵倒。トゥグルからピシリと音がしたように聞こえて、トゥグルは伸ばしていた手を止めた。
その間に炎の魔王はにやりと笑って立ち上がる。
「馬鹿め!さらばだ!!」
笑い声を残し走り去る炎の魔王。
エーは慌てて追いかけて、文字通りフリーズしている氷の魔王を見る。
「お、おい!なにしてんだよ!」
ずーんという効果音が目に見えるかのような暗さを纏っているトゥグルに、エーはようやく理解して、目を丸くした。
「って、えええ?!落ち込んでる!?」
「……冷、血……」
つい先程までの頼りがいはなんだったのか、無表情なのはかわらないが、ぼそぼそと呟いて盛大に落ち込む魔王。
「どんだけガラスの心だよ!!ああ、もう!!」
氷の魔王につっこむべきことはまだ多かったが、このままでは炎の魔王をまた見失ってしまう。
エーは、トゥグルをそこに置いて炎の魔王の後を追いかけて全速力で走り出した。