第二話 氷の魔王 Ⅳ
「俺は炎の魔王に会いに行くときは必ず連絡を入れてから行っている」
トゥグルは城内を歩きながら話始める。
時々ドアや窓をあけて中を確認して、再び歩きだすを繰り返すトゥグルのあとにエーが続く。
エーはトゥグルの説明に彼女かなにかか、とツッコミを入れたくなったが、ぐっと飲み込む。
「だがそれでもいなくなる日がややあってな。そういうときは必ず、やつはサプライズ隠れ鬼をしている」
「なんだよその嬉しくないサプライズ」
飲み込みきれなかったツッコミが口をついて出た。
目の前の魔王はそれに不快感を示すことはなく、話を続ける。
「基本的に見つけてやらねば怒る。見つけても追いかけてやらねば拗ねる」
「めんどくせえな!」
トゥグルが深く頷いた。
「……じゃあ俺を連れてきたのって探させるためかよ」
エーがじとりとトゥグルを睨む。
トゥグルはやはり無表示でもう一度頷いた。
エーははあ、とため息をつく。
「幸いにも人体が隠れることのできる良識ある範囲で隠れるから、探す場所はそれほど困らんのだかな」
そういいながら廊下にあった氷の彫刻でできた壺の中を除き混むトゥグル。
スライムかなにかか、とエーは飽きれながら、このまま帰るわけにもいくまいと炎の魔王探しを開始した。
…………
……………………
随分と城内を歩き回った。
だがトゥグル曰く、これで半分も回っていないそうだ。
氷の城と言ってもやはり魔王城。言うなればラストダンジョン。さすが広い。
「……ってしらみ潰しにする気か!日が暮れるわ!!」
エーは手に持っていた壺の蓋を床に叩きつけた。
氷でできた蓋はカーン、と鉄のような音を鳴らして床に転がり、トゥグルは目をぱちくりとさせる。
「しかしそれ以外に方法もない」
トゥグルの返事に、エーは思案するように腕を組んだ。
炎の魔王の隠れそうな場所、と自信の頭のなかで検索をかける。
結果は即答、どこでも、だった。
それほど長くない付き合いだがはっきりとわかる。
だからこそ、目の前の氷の魔王はしらみ潰し作戦を決行しているのだ。
では、次いで考えることは、今から炎の魔王の隠れそうな場所を操作することはできるのか。
おそらく、可能だ。なぜならこれは、隠れる側が一方的に開始した隠れ鬼だからだ。
エーの知る限りの隠れ鬼であるのなら、それは鬼の圧倒的不利を避けるためにも開始前に"隠れていい範囲"を決めるべきである。
トゥグルの様子を見る限り、一方的に始められた炎の魔王のわがままをあるがまま受け入れているのだろう。
ルールのルの字も定義されていないゲームを、
あのゲーム好きな魔王らしからぬ魔王は楽しむだろうか?
「……なあ、城の中の物音とか動く気配とかって分かったりする?」
エーは腕を組んだまま少し小さい声で言う。
トゥグルはその様子を見やり、先を促すようにひとつ頷いた。
「いまから、隠れられる場所をこの城の一階、タンスのなかだけにするって宣言するんだ」
エーは部屋を見渡す。
タンスはいくつかの部屋にあった。決して数は少なくはないが、一階のみであるなら数は絞れる。
なにより、とエーは続ける。
「一階以外、もしくはタンス以外に隠れていた場合は、あいつは動く、それも急いで。この城に慌てて走り回るようなヤツはいるか?」
「……なるほど」
トゥグルは薄青色の目を細めてエーの青い目を見る。
そうしてから、またひとつ頷いた。
「やってみよう」
トゥグルが部屋から出る。
廊下に出て、トゥグルはすう、と息を深く吸った。
「レーヴェ!ルールを変えよう!隠れられるのは一階のタンスのみ!人型で隠れられるものだけだ!良いな!」
氷でできた城に、魔王の声が響き渡る。
トゥグルは集中するように目を閉じた。
しんと静まり返った廊下、エーには氷が軋む音以外にはなにも聞こえない。
暫くして、トゥグルが目を開けた。
「動いた」
その一言に、エーはすこし嬉しくなってに、と笑った。
反応のあった部屋の前に来た。
氷でできた扉を開けると、今まで見てきた部屋と例外なく透明度のない氷でできた部屋だった。
氷でできた彫刻が飾られ、氷でできた椅子とテーブルがあり……そんな光景にもエーは大分見飽きてきた。
トゥグルがタンスの前へ歩き、取っ手に手をかける……
ばん、と大きな音を立てて、タンスの扉が開け放たれる。
それはトゥグルが開いたためではない、内側から蹴破られたのだ。
そして勢いよく、中から青い布を被ったなにかが飛び出す。
青いなにかは廊下と部屋の間まで行って、ばさりと乱暴に青い布を脱ぎ捨てた。
「よくぞ見破ったな!褒めてやろ……ん?」
それはこの氷の世界とは真逆の色。
赤い目、赤い髪、背には炎を背負う、炎の化身たるその姿を、エーはなんだかとても懐かしく思った。
「なぜ貴様がここにいるのだ」
訝しげにエーを見るのは炎の魔王。
エーはそれはそれは機嫌の悪い顔を作って威嚇するように吼える。
「お前が城に居ないから成り行きで連れてこられたんだよ!」
エーの主張にふんと鼻をならし、赤い瞳の矛先はトゥグルへと向けられる。
その熱した鉄のような瞳に臆することなく、涼しい顔でトゥグルは肩をすくめて見せた。
「むう、まあよい。見つけただけでは終わらぬぞ!私を捕まえてこそ隠れ鬼である!」
言うが早いか、すぐさま廊下へと駆け出した炎の魔王。
エーが咄嗟に伸ばした手は炎の魔王の白いコートをかすりもせず、逃亡を簡単に許してしまった。
あっという間にいなくなった炎の魔王にぽかんとするエー。
「追うぞ」
その横をトゥグルが相変わらず涼しい顔で歩いていく。
「ここからが面倒なんだ」
トゥグルが聞きたくない一言を溢し、エーは大きくため息をついた。