第二話 氷の魔王 Ⅱ
赤い広野の先、溶岩の湖に囲まれたところに、炎の魔王の城と同じ素材であろう建材でできた神殿のような施設があった。
エーは始めてみるものだ。なにせ、エーが通ってくるゲートとは殆ど真逆の位置にある建物なのだ。
物珍しげに見上げていると、トゥグルは気にする様子なく進んでいく。
その後ろを追うようにエーも歩き出して、神殿の入口の前にある姿に思わずぎょっとして身構えた。
神殿の入口を守るように立つのは二体の人型の影。
神殿と同じように白い羽毛で体が覆われており、胸部は見事なほど膨らんでおり、顎のしたから伸びる赤いひだはまるで鮮血のよう、鋭い黒い瞳は……
と表現は色々でてくるが、平たく言えばムキムキの人型鶏が神殿前に二体、仁王立ちしているのだ。
そんな異様な異形がトゥグルに敬礼する。それはもう素晴らしい動きで。
「お帰りでございますか」
ムキムキの人型鶏の片方が言う。それはもうハスキーな良い声で。
それを受けてトゥグルはこくりと頷いた。
するともう片方の人型鶏が口を、いや嘴を開く。
「僭越ながら氷の魔王様、勇者を連れて行かれるのは危険かと」
人型鶏がエーのほうを猛禽類のような瞳で見た。
ついたじろぎ、一歩引いてしまう。
「構わん、それに害はない。俺の所有物として扱え」
対するトゥグルは魔王らしい様子で対応して見せる。
物扱いなエーとしてはたまったものではないのだが、ここで変に否定して戦闘になるのも困ると考え、歯を噛み締めて黙る事を選んだ。
「……かしこまりました」
納得したのか、人型鶏の二体は道を開けるように扉の横に立つ。
それを見ることもなく、トゥグルはど真ん中を悠然と歩いていく。
続くようにエーが恐る恐る歩くが、人型鶏は最早エーを見てすらおらず、門番としての仕事に忠実に努めている。
エーはそのまま、神殿の中へと入った。
「……な、んっだアレ!!!」
奥まで行ったところで、エーが耐えきれず叫んだ。
叫ぶ声を聞いて振り返ったトゥグルは変わらず冷静な目でエーを捉える。
「あれはここの門番だ」
「それは見たらわかるわ!なんだあの鳩胸八頭身鳥!きもちわるいわ!あんなんいままでみたことねーぞ!」
つっこみの血が押さえきれなかったらしいエーがぶんぶんと腕を振りながら訴える。
そんな様子を冷静に眺めて、トゥグルは「あぁ」とひとつ納得したように溢した。
「種族がなにかと言うのであれば、あれは地獄鳥という魔族。その中でも大きな種類だな」
そう解説するトゥグルを見て落ち着いてきたのか、エーは息を切らせて脱力する
「はあ……そんなのまでいるのかよこの魔界……結構通ってるけど知らないもんもまだいるんだな……」
肩を落とすエーを眺めて、トゥグルが冷静な表情を眉をしかめて崩し、首をかしげた。
「城で会ったではないか」
「……へ?」
不思議そうなトゥグルの顔を眺めながら、この世界で見かけた生物を思い返す。
動く溶岩、腐った豚、浮遊する名状しがたい生き物、白くて丸い鶏、魔王……
順に思い浮かべて、一番近しい特徴のある生き物を模索した結果、
「……あれ(白い丸い鶏)があれ(ムキムキの人型鶏)になるのお?!?!」
神殿内にエーの今日一番の声が響き渡った。
トゥグルが眉ひとつ動かさずに自らの耳を手で覆い、エーが煩いことを主張する。
「マジかよ……唯一癒しだなあって思ってたのに……」
なにやら落ち込んだようすのエー。
トゥグルは耳を塞いでいた手を戻し、腕を組む。
「癒しどころか、地獄鳥はこの国の軍の最高戦力だぞ」
「それはそれでマジかよ……」
涼しい顔で言うトゥグルをエーはまた驚いたような目で見上げて、がくりと項垂れた。
「索敵や諜報部隊も地獄鳥で構成されているから、お前が来たことを魔王に伝達していたのもやつらだな」
「マジかよ……」
エーに最早語彙力は無い。
ずっと隠密してるつもりで城まで向かっていたが、
どうも城の罠の準備や魔王が待ち構えてるのとか可笑しいと思ったらまったく気づかないまま隠密してる情報が筒抜けだったわけだ。
ずんずん落ち込んでいくエーを暫く眺めてからトゥグルは踵を返す。
「そろそろ行くぞ」
スタスタと歩いていってしまう氷の魔王。
その後ろ姿を恨めしそうに眺めて、完全に八つ当たりなのだがエーにはこう吐くしかできなかった。
「…………おのれ魔王……」
はあ、とため息をついて、
エーも遅れながらトゥグルに続いた。
神殿の奥には大きな黒いオブジェが中央にそびえ立っていた。
四角い窓枠のようなそれは、荘厳なようで、しかし地獄の門を眺めているような、
そして、妙な既視感をエーは感じていた。
「これは……」
そう呟くエーにトゥグルは反応することなく、黒い枠組みへと歩む。
白い手で枠組みに触れると同時、ぶわりとトゥグルを中心にして冷気が巻き起こり、黒い枠組みに青い模様が走る。
攻撃によるものではないにせよ、エーは思わず身構えて、瞬時に消え去った冷気と枠組みのようすに目を丸くする。
枠組みの中には紫色の水面のような幕ができていた。
その幕は奇妙にうねり、不気味にも見える紋様を浮かび上がらせながら僅かに光を放っている。
「何を呆けている、行くぞ」
一度振り替えってエーにそう声を投げてから、トゥグルは、やはり表情も変えずにその幕へと触れ、中へと入っていく。
エーは追おうとして、その禍々しい門に触れる手を一度止めた。
「なんつーか、これ、勇者が使っていいもんなのか……?」
そうして躊躇っていると、
唐突に幕の中から白い手が延びてきて、早く入れと言わんばかりにエーの手を掴む。
禍々しい門から白い手が延びてくるなどそれはもう立派すぎるホラーであって、その手の刺すような冷たさに声がでないほど驚いたエーが、
ホラーばりに出てきた手は氷の魔王のものであるということを理解するのと、幕の向こうへ引っ張られるのは、ほぼ同時だった。
まるで川に投げ込まれたかのように流れが体を何処かへと運ぶ。
温度の無い川に流される感覚はとても、
エーに覚えのあるものだった。
そう、エーが魔界へ来るために来るための移動手段。
天使に道を開いてもらって飛び込む、ゲートと呼ばれるもの。
(……なんで、魔界もゲートがあるんだ?)
そんな疑問を浮かべた時にはもう、エーの体は流れの外へと投げ出されて、
「……っ!?さむ!!」
余りの気温差にそんな疑問は頭の何処かへと消えてしまった。