銀河鉄道999
銀河鉄道999
苦い思い出がある。
高校のときのことだった。わたしは、思いつくままに、ファンタジーを書いていた。設定もなにもしていない、ほんとうにアイデア先行の小説だった。
題名は、『夢の国を行く帆船』。
そこに出てくる主人公は、ダンフルという臆病者の男の子で、異世界に飛ばされて、なぜか「予言の勇者」と間違われ、王さまに命じられて魔王を倒しにムリヤリ行かされてしまうのであった。
まだドラクエも、ファイナルファンタジーもない時代のことである。
ちなみに、異世界転生ものも、この時代にはなかった。
はやっていたのは、アニメ『銀河鉄道999』。
少年が、永遠の命である機械のからだを手に入れるために、この列車に乗って、謎の美女メーテルとともに旅をする。
原作者の松本零士さんは、宮沢賢治へのオマージュとして、銀河鉄道という名前をつけたのだと言っていた。
少年が旅をしながら成長をしていくストーリー展開は、わたしの『夢の国を行く帆船』でもモチーフとして使用させていただいていた。
わたしの作品と決定的に違うのは、旅行手段が鉄道ではなく、帆船だという点である。
この帆船は空を飛び、女盗賊のキャラウエルや弓矢の名手ウォンディとともに戦闘をくりひろげるのであった。
このあたりは、『ピーターパン』のイメージである。
わたしが、ひとにこの作品を見せてよろこんでいたら、ひとりの少女が現れた。
「それ、漫画化してあげようか?」
えっ、と思った。
まさか、そこまでの力が、わたしの作品にあるとは思っていなかったからである。
純粋に、うれしいと思った。
だから、よろしくとお願いすると同時に、彼女の好きな『銀河鉄道999』についても、もっと知ろうと、いろんな資料をあたったのである。
まず、アニメをよく観察した。
カッコイイSLに、999の文字が入った銀河鉄道。
車掌さんの不気味なひとみ。
メーテルの落ち着いたしぐさ。
主人公星野哲朗の、たくましさ。
わたしとは違う世界が広がっていた。
わたしはテレビ版を見て、畏怖に打たれていた。
「ここまでは、描けたよ」
少女は、漫画を見せてくれた。
ダンフルは、思ったよりずっとハンサムに描かれていたし、イメージ通りの冒頭(ちなみになぜか洞窟に入り、落とし穴にはまってしまうのだが)もしっかり描かれていた。
そこまで見て、わたしは、自分の描写力が圧倒的に不足していることを悟った。
というより、ストーリー展開に無茶ぶりがありすぎるのが気になった。
「十年経ったら、ちゃんとしたの書くからね」
それっきり、わたしは連絡しなかった。
少女は、もともと鉛筆で書かれていた原稿を、消しゴムで白紙にして郵送してきた。
『銀河鉄道999』の歌が流れてくると、わたしは胸が苦しくなる。
安請け合いしてしまったファンタジーが、40年近くたってもまだ完成していないからである。
星野哲朗は、夢をあきらめることで、もっと大切なものをつかんだ。
命がけで母がくれたその夢を捨てることで、かれは成長したのだ。
わたしは、それだけの勇気があるだろうか。
―――願いごとは慎重に。かなってしまうかもしれないから。
わたしの旅は、まだ道なかばである。