#57:共鳴する/させる
「……でも経緯はどうあれ、今回の件、私にとってはすごい……えーと、印象的な出来事でしたっ」
最後、言葉を濁した感はあるものの、本人の口からそう言ってもらえて、俺は少し、救われた気持ちになる。
「その……君には、すごい迷惑をかけたというか……正直、申し訳ないという気持ちでいっぱいなんだけど」
かろうじて、そんな事を口走ることしか出来ない。おいおい、本当に大概にせえよ。
「迷惑とか……そういうこと言うのやめてくださいっ。私は嬉しかったんですから」
咎められてしまった。ああー、その後に続く言葉を、俺は聞きたいような、聞きたくないような、微妙な心持ちだ。いや、ことここに至って聞かないわけにはいかないだろう? 耳を傾けるんだ、他ならぬ、自分の娘の放つ言葉に。
「さくらさんの追体験? ……をすることで、私は、両親に近づけた気がするんですから。だから迷惑じゃないです。わかってるんですか? 柏木さん」
めぐみはあくまで悪戯っぽい笑みを湛えながら、俺に、殊更にぶっきらぼうに、なじってくるわけだが。そんな言葉も、凄く愛おしい。
「……私、実感したんです。お父さんお母さんが超のつくほどの大恋愛をした末の、望まれて出て来た子供なんだって。だから、私は幸せなんです。何か異論あります?」
笑顔のめぐみの目が赤くなっていることに気づいてしまった俺は、何も言えないわけで。異論なんて、あるはずも無くて。
「……そう言えば、何で今でも『さくらさん』って呼ぶんです? 自分のお嫁さんですよね? 何か他人行儀すぎるっていうか……」
めぐみ。そこは分かってないか。いや、俺ら以外に分かりようも無いかもしれないが。
「さくらさんを愛しているから。出会った時のまま、今でも心から愛しているんだ。他に呼びようなんてない」
めぐみの疑問に、被せるようにして発せられた俺の言葉は、ついにめぐみを俯かせてしまったわけで。ごめんよ。こんな父親なんだ。許してくれ。
「……私、お父さんが、お母さんのことを、心から愛していたって、実感できて、すごい、嬉しかったんですから。それを押し込めて、さくらさん演じることの、大変さ、を、少しは分かってくださいよ! 柏木恵一っ」
震える声でそう言い放ったまま、めぐみはそっぽを向いてしまう。まあ、何とも言えない。ふがいない俺を許してくれよ。
「……日記も見ました。あなたの、小学生みたいな、稚拙な日記を。へたくそ、へたくそー」
めぐみの顔はもうぐしゃぐしゃだったけど、精一杯の言葉に、俺も何かが込み上げてきてしまう。
「さくらさんに……お母さんに会いたい。会いたいよぉー」
顔を覆ってしまっためぐみに、かける言葉は見つからない。せいぜい俺に出来ることと言えば、側に寄り添い、その肩に手を掛けるくらいしかないわけであって。
つくづく駄目だな、俺は。




