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#56:想起する/させる


「柏木さん。ここに来れば、きっと会えるって、思っていました。さくらさんとも、よくその……逢引きされてたんですよね、この屋上で」


 唐突に人聞きの悪いことを言わないで欲しい。くすっと笑い声を立てた……めぐみは、両腕を上にうんっと伸ばしながら、くるりと回って見せる。


 娘と会うのも、25年ぶりだ。25歳の娘と、時を越えて出会ったかのようだ。いや、実際に時を越えた。時間を随分とかけて、ようやく辿り着いた。


 綺麗になった。そんなありきたりの言葉しか思い浮かばないが、そう思うほかに無い。笑顔が魅力的な子だ。引き込まれそうになる。まあ、さくらさんほどでは無いけど。


「……いま、さくらさんの事を考えていましたね? まあしょうがないですけどねえ。間違えちゃうくらい、似てるみたいですもんねえ」


 間違えたのは、誤作動全開の脳の時であって。そこは弁明させて欲しいが、何といっていいか、言葉は見つからない。


 めぐみはやっぱり、さくらさんとは違う。より奔放で、屈託のない感じだ。


 のびやかに育ててくれたんだろう。大森に住む、さくらさんの両親に。


 養女として引き取られて、本当の母親のことを知らずとも、めぐみは祖父母の愛情を受けてまっすぐに育ってくれた。


 それを見られただけでも、再び戻ってきたかいはあったと言えるんじゃないか?


 いや自問するほどじゃないな。言えるに決まっている。


 風が穏やかになってきた。俺は松葉杖を繰り出し、めぐみの側に行こうと歩み出す。そんなぎくしゃくした俺の動きを見て、めぐみの方から、俺の元に近づいてくれた。


 松葉杖とそれを握った俺の右腕を、優しく支えてくれる。少し俯いた横顔が、間近で見える。


 そうだ、これは聞きたかった。


 大森の映画館と、しながわ水族館のこと。あの時、めぐみは「お父さんに連れられて」みたいなことを言っていた。あれは一体……?


 そのことを尋ねると、えっ、という引きつった顔と共に、思い切り引かれた。


「覚えてない……? 記憶がまだ完全じゃないんですか?」


 本当に心配そうにそう聞かれる。困ったな。少し記憶の奥底をさらってみるものの、うまくヒットしない。これは戻るのだろうか。


「一日だけ、会ったんですよ。私が年長さんの時。『親戚のお兄さん』だよ、って言ってましたけど」


 めぐみは、僕の目の奥を覗き込むようにしながら、そう試すかのように言ってくる。

なるほど、それもしまい込んでいたわけか、でも、もうその必要も無い。


 さくらさんの七回忌の時だ。


 俺は法要のため、大森の家を訪れることをはじめて許された。挨拶の言葉以外は、一言も言葉が交わされることは無かったが。


 気づまりな雰囲気のまま、駅前の中華料理店での会食も終わり、帰ろうとした駅の改札の前で、めぐみに言われたんじゃないか。


ー映画観たい。


 俺の袖を引っ張りながら。本当は映画が観たかったわけでは無かったのだろう。俺に気を遣ってくれたんだ、6歳の女の子が。それにきっと分かってたんだろう、居心地悪げにずっと同席していたのが、自分の父親であるということを。


 何だ。めぐみも大概だな。母娘揃って、俺は手玉に取られっぱなしってわけか。


「……『ジェダイの復讐』」


 その時、ピネカで二人して観たタイトルを、にやりとしながら言ってみる。今は原題通り「帰還」と呼ぶらしいが、当時は、その時の記憶は、それだった。


「……」


 にこり、と、それだけはさくらさんに似ていなくも無い、真っすぐな笑顔をすぐ傍らから向けられ、俺は少しどぎまぎしてしまう。変わってないわ。大概なのは俺か。

 

「……」


 お手玉な俺を置いて、めぐみはふ、と背を向け、後ろに手を回したまま、また金網の所まで戻っていく。ハミングで、例の何かの始まりを告げるかのような、高揚感を煽る、あのテーマ曲を口ずさみながら。


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