#05:対話する
親愛なる木村氏、しない氏へ
予感はあった。何かが起こりそうな予感。
きのうのあの落書きのような奇妙な「予言」文。それをそのまま鵜呑みにしていたわけではないけど、他ならぬ自分の体が書いたところを目撃しているわけで。その事実が信憑性を伴って、僕自身に真実じゃないのか? と問いかけてくるようだ。
昨日はあれからなかなか寝付けなかった。夜が明けてくるのをベッドの上で感じながら、僕は事故後の昏睡から目覚めて以来、はじめて冷静に思考を巡らすことに没頭していた。
この僕の体に起こったことはいったい何なのか。起床後もそのことで頭が一杯で、看護師に怪訝に思われたくらいだ。ずっと左手に隠すようにして持っている、ぐねぐねした平仮名が埋めるメモ用紙に目を落とす。
とにかく、「予言」にあった「9がつ22にち」である今日、その真偽ははっきりするだろう。
内容的には真であって欲しいけれど、本当にそんな能力が身についてしまったとしたら、それはそれでえらい事だ。自分の記憶もままならないのに、そんな得体の知れないものを背負わされても。
そうこうするうちに午前10時。さくらさんとの「対話」が始まる時間だ。
朝と夕方。点滴を換えた後の時間に、それは規則正しく設けられている。
ベッドの上に半身を起こし、呼吸を整えつつ、それを待つ。
いつもはこの時間を心から楽しみにしているくせに、今日はそれに水を差したかのような緊張感もプラスされた感じで、何だかフワフワしている。落ち着け恵一。平常心、平常心だ。
いきなりこの「予言」のことなんか切り出そうものなら、ああ、やっぱりこの人は頭を強めに打ったんだとか、最悪、私に会う口実をつくるためにそんな幼稚で薄気味悪いコトを……っ!? なんて思われる可能性は否定できない。あくまで自然体だ。
-おはようございます、柏木さん。
いつもの白い壁の、四角いスピーカーから振り落ちてくる声は、今日も変わらず柔らかく、温かみを持っている。体か心か、胸の辺りが温まる声……同時に頭の中には涼やかな風が吹き込んだかのような清浄さに満たされる。
昨日から妄想してはいたことだが、現実にいま「対峙」してみると、この声の主に会いたいと思う気持ちに、決意という名の針が急速に振り切れていくのを感じていた。「予言」とかは、関係なく。
「おおおおはようございます」
でもダメだ。いきなりダメだ。その決意に挙動がついていかないのが僕なわけで。しかし、
-昨日は大変申し訳ございませんでした。
その不審さについては触れられることはなく、代わりに少し神妙そうな声色でさくらさんにそう謝られて、ようやく僕は昨日、中庭で気絶したことを思い出した。
僕としてはその後の自動筆記の方が衝撃的だったわけだけど、まあ、いきなり昏倒というのも周りの人間には衝撃というか迷惑だったはず。
「い、いえ、僕がお願いしたことですし……においとか刺激が強かったのかな? その後は何ともなかったので、まったく大丈夫です」
少しの嘘を混ぜつつ、僕は取り繕うことに必死だ。さくらさんに何かしらの責任なんかが問われでもして、担当が代わるとかになったらことなわけで。