#48:潜在する
確かに聞こえた。しかし……「『柏木恵一』の一部」「キミと同じ」……そう放たれたシンヤの言葉の意味は理解できるものの、その真意というか、どういうことなのか、が、僕の頭に入ってこない。何を……何を言ってるんだ、いったい。
辺りは夕闇にすっぽりと覆いかぶさられたように、暗い中に、物の輪郭だけしか判然としない視界となっている。こちらを向いて突っ立っているシンヤの姿も、影のようにおぼろげだ。その表情も読めない。
「柏木さんっ!?」
驚愕の余り、シンヤから目を離せずに、ただ固まるばかりの僕の肩を、隣からさくらさんが優しく手を掛けてくれるけど。
「お前は誰だっ!! 誰、なんだっ」
僕は、いつの間にか、もう目の前まで迫って来ていたシンヤの顔のシルエットに向かって、そう疑問を投げかけることくらいしか出来ない。もはや闇と一体化したかに見えるシンヤの顔が僕の耳元に近づく。そして、
「……ボクは『柏木恵一』が生みだした存在。キミと同じさぁ、『ニセモノくん』」
僕に、僕の心に刺さるひと言を残し、その影はかき消える。どこへ? と辺りを見回す僕の後方に、シンヤはふ、と現れたわけで。
「……嘘だ! シンヤは、実際にいたじゃないか。さくらさんとも話していたし……おまえのような……幽霊みたいな存在じゃ、断じてないっ!!」
横でさくらさんが息をのむ気配が伝わってくるのを感じながらも、もう僕は感情を抑えることが出来なくなってきていた。わめきちらすように、背後に回ったシンヤに向けて言葉を放つ。
「はっは。幽霊とは、とんだお笑い種だ。ホントはわかっているんだろう? 確かに、『新谷 恭一郎』は実在する医師だ。佐倉めぐみが敬愛する存在。ボクぁ、その外観を少しお借りしただけに過ぎない。ここまで言ってもまだわからないかねえ?」
僕はままならない体を、何とか四つん這いになって保持したまま、シンヤの声がする方へ顔を向ける。
シンヤと……「新谷」は別人。いや、一方は「人」と呼べるかどうか微妙だけれど。
でもこいつだって、スピーカー越しだったけど、会話をしていたじゃないか、さくらさんと。
―…やあー佐倉クン。僕だよ。シンヤだ
-えっ、シンヤ先生?
―…夜勤明けだったが、気になったんで寄ってみたんだ。キミが気にかけている記憶喪失の患者さんにひと目、会っておきたくてね
-そう…だったんですね。あ、今、映像つながりました。柏木さん……はひとまず異状はなさそうです……ね。良かった。気分はいかがですか?
「それは、「柏木恵一」の体が声を出していたんだよ。新谷センセイの喋り方を真似てね」
……心を、読まれているのだろうか。それとも読まずとも共有されているのだろうか。
「柏木恵一」が作り出した疑似人格、それがシンヤと僕。そうだった……のか。僕は体全体がふにゃりと力を失っていくような感覚に襲われる。
「ニセモノくん、最終警告だぁ。『柏木恵一』に記憶を取り戻させるな。ボクらが消えてしまうぞ」
……そういうことなんだろう。何となく分かってきた。シンヤはある意味、僕の味方だったわけだ。でも……僕はもう決めた。決めた上で、ここまで来たんだ。
さくらさんと、「柏木恵一」の未来のために、僕らは消えるべきだよ。……シンヤ。お前を抱いて、僕も消える。だから、
……僕と一緒に、死んでくれ、シンヤ。
 




