#46:呼応する
さくらさんは、自分で謙遜……危惧するほど、運転が下手なわけではなかったわけで。道もほどよく空いていたため、大して時間もかからずに、僕らは江の島を臨める海岸沿いまで来ていた。時刻は午後四時半過ぎ。日の入りはもうすぐ。ちょうどいいタイミングでたどり着けた。
「……わあ、何か波打ち際で夕日って、月並みですけど、すごいロマンチックですね」
あえて「ロマンチック」の「チ」を強調しつつ、さくらさんがそう言う。海岸からほど近い駐車場に車を停め、車椅子を押してもらいながら、僕は、沈みかけの太陽のオレンジと朱色の中間みたいな光に包まれていた。
こんな景色を見るのも今日が最後、と思えば、なおのこと、それはいっそう美しく輝いて見えた。
「……何か、思い出せそうですか?」
僕の背後から、さくらさんがそう訊いてくる。何か、探るようなニュアンスを感じるのは、僕の先入観だろうか。でも、確かにさくらさんも感じている。今日この場で、決定的な何かが起こるだろうことを。
僕は振り返り、無言でさくらさんの顔を見つめた。さくらさんの思いつめたような表情に、僕は自分の想像が正しいことを悟ってしまう。気を取り直し、松葉杖を構えて車椅子を降りる体勢に入った。
コンクリートの階段を、さくらさんの助けを借りながら、松葉杖で何とか降り切る。そこから先は砂浜だ。杖先が砂に沈み込むけど、それで固定されるようで、かえって進みやすいように僕には感じられた。
「……」
波音が響いてきている。耳だけでなく、体にも。
頭の奥で今までに無かったほどの、キュルキュルとテープ巻き戻すかのような音が鳴り続けていた。来る。おそらく最後の「きっかけ」となる昏倒だ。それが終わったら、「僕」はどうなるのだろうか。消える? 一瞬にしてかき消されるように霧散してしまうのかも知れない。
それは覚悟していたことだろ? と思いつつも、僕は何となく寂しさと、おかしいけれど清々しさも一方で感じていた。
「……」
最後に見られる「予知夢」……いや、過去の「記憶」は何だろう。さくらさんとの記憶には間違いないだろうけど、何でもいい、幸せさを感じさせてくれるものであってくれれば。
「柏木さん……記憶が戻っても、戻ったとしても……私と一緒にいてくれますか?」
いきなり、僕の斜め後方からそんな、聞いたこともなかったような、切実で、何か哀しみを孕んだかのような言葉が掛けられる。
今までの僕なら、泡食って動揺しまくりの状態に陥っていただろうけど、僕はもう知っている。「柏木恵一」とさくらさんとの仲が、もう結婚寸前まで行っていたことを。
「記憶が戻る」イコール、僕が消え、「柏木恵一」が甦る。
そのことを、さくらさんは分かっている。分かっていて、僕の了解を取ろうとしてくれている。
僕の意識は、「柏木恵一」の中でも保ち続けることが出来るのだろうか……それは分からないし、分かったところで僕にはどうしようもない話だった。
沈黙の中、さらに紅色を増した空が、迫ってくるかのように僕の視界を埋め尽くしていく。