表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/63

#45:進行する


「柏木さんっ、ご準備いかがですか?」


 病室の扉の所から、愛らしい顔がのぞく。か、完了してます、と返す僕の言葉は、情けないことに今まで通りの上擦ったものであるわけだけど。


 午後三時過ぎ。この時期の日の入りは午後五時くらいだそうで、それに間に合うよう、少し早めに此処を出ることを予定していた。


「ドライブなんて久しぶりですんで、ちょっと緊張してますが、きっちりとしたナビがあるそうなので、そこはまったく心配してません。よろしくお願いしますね」


 にこりとこちらを見やってくる笑顔は、ああ、やはり僕には眩しいくらいだ。この二週間結構練習したんですよぅー、とはにかみながらそう言う彼女の今日の服装は、深緑のタートルネックのセーターに、クリーム色のチノパン、といっていいのだろうか、ゆったりめのズボンを身に着けていて、手には黒っぽいコートみたいな上着を掛けている。


 うん、今日の服装も可憐だ。良かった。最後にふさわしいよ、と、僕はもう独りよがりな思考しか出来なくなってきているけど。


「……」


 対する僕の出で立ちは至って普通だ。くすんだ色のトレーナーに、下は黒に白い三本線が脇に入ったジャージ。寒さ対策にダウンジャケットを羽織っているけれど、何か派手な辛子色をしている。


 小串さんに頼んだら、これになった。まあ、外見とかはもう気にならなくなっているからいいんだけど。ただ、流石に目立つのは嫌なので、頭はニット帽をかぶって、包帯を巻いた頭部をすっぽりと覆い隠している。膝には毛布が掛けられており、これで万全だろう。


 一応、マスクは着けている。もう僕には必要の無い代物なのだけれど、さくらさんの事を考えて、諸々、この間の外出の時と同じにしておいた。まあ、そんな事はもう考えなくてもいいことなのかも知れないけど。


「車は裏の駐車場に止めてあります。なので、ちょっとショートカットして、業務用のエレベーター使って行っちゃいますね。院長とかには内緒ですよ?」


 さくらさんは終始ご機嫌のようだ。その弾んだ声に、僕の心は少し痛む。


 今日で、おそらくこの関係は終わりになるだろうから。


 いつもと変わらない柔らかな挙動で、僕の乗った車椅子が押されていく。この感触も最後だ、と思うと、途端に僕は息苦しさに似た、締め付けられる感を突きつけられてしまうのだけれど。松葉杖を体の前に立てて保持しながら、僕はそんな思いを封じ込めるかのように。握る力を強めて、何とかやり過ごそうと試みる。


「あれですよー、軽ですけど、荷物は結構詰めるやつ、ってお店の人は言ってました。運転もしやすくて、うーん、来年くらいに買っちゃおうかな、くらい私にはしっくり来てるんですー」


 車椅子を積めるように、アトレーというワンボックスをわざわざ借りてくれたそうで、駐車場に着いた僕らは、早速、車に乗り込む準備を始める。


 松葉杖をまず車椅子の前に揃えて突いて、体を車椅子から立ち上げる。そこから自分の両脇にあてがい、うまくバランスを取りながら体を直立させる。よし、リハビリでの成果がまずまず出ている。


 すかさずさくらさんは車椅子をたたむと、軽のハッチバックを開いて、積み込んでくれた。そして助手席のドアを開けると、僕に乗るよう促してくる。流れるような作業だ。


「……」


 さくらさんの介助を受けながら、何とか自分の身体を車に押し込められた僕は、ふうう、と安堵の息を漏らしてしまう。けど、いやいやこれからだろ、と自分に喝を入れてみる。そう、本当にこれからなわけで。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ