#38:豹変する
結局、「海までドライブ」は、さくらさんが運転することで、そしてシンヤはその時不在であることによって、理想的なことに、二人きりで実現できそうな感じになってきていた。
やはりこれも「予言」の持つ求心的な力なのだろうか。この頃のその恐るべき「チカラ」を目の当たりにしている僕には、もうそれが無視できない強力なものであることを実感しつつある。本当に何なんだ。
この世界を、この僕の小さな世界を、支配している何者かがいるとでも言うのだろうか。
「……」
いや、そこまで思いつめることはないか。考えても答えは出そうもないことだし。
今は「予言3」への対処。それを第一に考えたい。
「うーん、私あまり運転得意じゃないんですよね……電車通いですし……」
さくらさんは腕を組みつつ、そう唸り声を上げて考えてくれているようだけど。僕と一緒に行ってくれることは既に前提として組み込まれているようで、それは嬉しい。
「僕がサポートします。運転とか、箸の持ち方とか、そういった体に染みついていたことは、今も大丈夫なようですから。まあ車で事故っておいて言うのも何ですが」
と、僕の提案に、そうそう「エピソード記憶」と「手続き記憶」は、司るところが違うから別個なんですよねえ、とシンヤが補足するように言ってくる。
何だ? 僕にさくらさんとの接触を避けろと警告してきた割には、今度はやけに協力的じゃないか。やっぱり、こいつの得体は知れないままだ。これも奴の手なのかも知れないけど。
その後も雑談めいた会話が続いただけで、特に駆け引きが必要とされるやり取りは無かった。シンヤは……さくらさんの前では仮面を被っているかのように本心を閉じ込めている。一体、何を企んでいる?
「……」
「面談」、のようなものは三十分もかからずに終了し、さくらさんと僕は、シンヤの居室から退出した。
「ええと……車の件は少し考えさせてください……練習しないとですかね」
さくらさんがそう言ってくれる。よし、ここから「江の島」までの道を詳細に調べ上げて、完璧なナビが出来るようにしておこう、と心に決める僕。
私、ちょっと事務の方に用事があるのでこれで、と、逆方向に向かう彼女と廊下で別れる。僕も、車椅子を左手だけで操ると、エレベーターホールの方へ進み始めた。
終始張り詰めさせていた気を抜くと、何となくだけど、うまい方向へと運びそうな展開に、少し安堵する。
そこに、心の隙が出来ていたのかも知れない。
「……やれやれだ。私の言ったこと、守る気はどうやら無いとみてよさそうだねえ」
「!!」
いきなり車椅子の速度が上がったような感覚を覚えた。そのままぐいぐいと押されていく。背後からかかった声は、いつものシンヤだ。一人になった瞬間を狙われた!? まずい、何をするつもりだ?
後方を振り仰ぐと、先ほどまで対峙していたシンヤと同じ顔ではあったが、そこに浮かべた表情は、見慣れた、にやにや笑いが張り付いたものだったわけで。
左手で必死に車輪が動くのを止めようとするも、僕の力では止められなかった。押されていく……どこへ、行くつもりだ?
くそっ、どうすれば? 僕は必死で考えるものの、いきなりの事に何も出てくる気配はない。