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#31:陶酔する


 そんな、思考がぐだぐだの方向に陥っていた僕の前で、水の中に生きるものたちは、優雅な舞いを見せたり、そして時に思いもよらぬ俊敏さでこちらを驚かせながら、思い悩む僕を、笑っているかのような仕草を見せる。


 ……と、少し詩的になってしまったが、車椅子の人間にとって、水族館の水槽の高さというものは、思いがけないほどの臨場感やら迫力を感じさせるものだということを、今日僕は初めて知ったわけで。何か、自分が海の底に放り込まれたような……細かいことがどうでもよくなってしまうような……そんな、閉塞感が先にあるけど、それを突き詰めたら開放感につながっていた、みたいな、うまく説明は出来ないけど、そんな摩訶不思議な感覚に僕は陥っていた。


 ふと思ったけど、今の僕の視線の「高さ」は、小さな子供の視線とほぼ同じだ。子供の頃のように、大人には気づけない色々な事象を、記憶を失った僕は、取り込めているのかも知れない。いや、それは流石にメルヘンチックすぎるか。


「……この、『昔感』みたいなのを残しながらも、新しさも取り入れて共存させていく……みたいな雰囲気がすごく好きなんです。さっきのピネカにも通ずるもの、ありますよね?」


 僕を押しながら、ゆっくりと館内を巡るさくらさんが、そう言う。確かに。ノスタルジックな感傷……記憶の無い僕にも迫ってくる、その郷愁感的なものは感じられる。何だろう。何なんだろう。


 そもそも人間の記憶とは、何なんだろうか。どこに、どうやってしまわれている? そしてそれを失くしてしまった人間は、何をよすがに、生きればいいのだろう。記憶の積み重ねで、人間は、人生は出来ていると言えなくはないか? それを失うという事は、人生を、失うということになりはしないのだろうか……?


「柏木さん、アザラシ、観に行きません?」


 そんな駄目な方へ、駄目な方へと転がり込んでしまう僕の思考を断ち切るかのように、さくらさんはいつもの、軽やかな、それでいて優しさを孕んだ、そんな口調で僕に問いかけてくれる。


 そうだよ、今の僕にとっては、今が全てじゃないか。戻らない記憶に固執している場合じゃない。前を向け。失われた僕に、補填するかのようにもたらされた、「予言」と「予知夢」を武器に、僕は、与えられた新しい人生とも言うべき「今」を、全力で全うする義務があるはずだ。僕が奪った、両親の人生をも飲み込んで。


「アザラシはいいですよぉ。昔、タマちゃんとか、ああ、それより前にゴマちゃんとか、ありましたよねえ。愛らしい目……ちょっとおとぼけな雰囲気を醸し出すその肢体……いいですよね。実にいいですよねえ」


 あれ、そんな中、頭上からさくらさんの陶酔が入ったかと思われるそんな言葉が降り注いでくるけど、ああー、そうかそうか。アザラシが好きなんですね。それもかなり。


 その後、アザラシショーをさくらさんの懇切丁寧な解説を絶え間なく聞かされながら堪能しつくし、僕らは帰途へとついたわけだけど。うん、まあ、シンヤ絡みのこと、「予言3」絡みのことを抜きとすれば、「大成功」と言える結果ではなかろうか。それを抜きとしていいかはともかくとして。


 僕は少し、うーんという感情を抱きつつも、初めての外出による疲れからか、すとんと眠りに落ちたわけで。おおむねの満足感を反芻しながら。


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