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#23:萌芽する


 シアター内。座席は六つのブロックで構成されていて、前・後と、左・中央・右にそれぞれ十席ほどづつ分けられているつくりだ。


 お客の姿はちらほらと。十人はいないかな? 平日の午後いちくらいだと、やはりこのくらいの客数なのだろうか。


 ともあれ、あまり人が多いとリラックスできない僕には有難い。それにいやが上にも、さくらさんとの二人きり感が高まるのでは……!!


 いかんいかん、またしても脱輪してしまいそうな思考を本線に戻すと、僕はぐいと背筋を伸ばして気合いを入れ直した。


 車椅子が停められるスペースは、シアター内の中央よりやや後ろ、両端の座席の隣に横付けするかたちですと、さくらさんが言いつつ、僕の乗る車椅子をシートの右側に固定してくれる。


 うん、かなりいい位置じゃないかな。見上げなくても真っすぐにスクリーンが視界に入る。映画を観に来たというのはあくまで方便ではあるものの、どうせなら没入したい。刺激のあまりない病院生活というものにも、少し飽きが来ている頃だし、と僕がそんな贅沢で不謹慎かも知れないことをぼんやりと考えていると、


「あ、あの……ですね。ちょっと提案というか、お許しいただきたいことがあるのですが……」


 着ていたコートを、僕の左隣の座席にふわりと掛け置くと、さくらさんが何故かもじもじとした雰囲気を醸しつつ、そう言ってきた。


 許すも何も……僕は何でも大丈夫ですよ、と返したかったものの、さくらさんは屈み込んで目線を合わせて来るという破壊力の高い技を繰り出すので、僕は、はははいどうぞぉ、くらいの返答しか出来ないわけで。


「……食事まだままならない患者さんの前で、それに、においが……とか言っておいて何なんですけど、コーラとポップコーン……か、買ってきてもいいでしょうか……」


 恥じらいを見せつつそう言われても。ま、まあ映画と言ったらですもんね。可愛らしい。うん、そうとしか言えない。


「き! 気障りでしたら座席の間隔開けますし、何ならいちばん端の後ろとかに行きますし……」


 不気味な微笑を浮かべるだけだった僕の様子を見て、慌ててさくらさんがそんな事をもにょもにょ言い出すけど、いやいやいや。


「……例の鼻栓してますし、全然大丈夫です。悪いんですけど、僕にはお茶、買ってきてもらえますか?」


 幾ばくかの余裕を見せつつ、そう言うことが出来た。さくらさんはぱっと顔を輝かせてはい! と答えると、肩から下げていたポシェットのようなものを握りしめてシアターの外へと小走りで向かっていった。


「……」


 これは確実にデートだ。いまこの瞬間、僕はそうと確信した。予言よ、ありがとう。感謝の意をこの世を司る何者かに向かって述べようとした、その時だった。


「……柏木クン、お楽しみのところ悪いんだが、やれやれだなぁ」

「!!」


 いきなり左後方から声を掛けられた! そのねっとりとした低音は確かめるまでも無かったけど、僕はあまりの驚きに、声を上げそうになるのをかみ殺しながら、後ろを見やった。


「……しかし何でまた、映画館なんだろう? 何か……あるのかなぁ? 柏木クン」


 シンヤ、だった。何故ここに? 例の余裕かまし面が、すぐそこの30センチくらいのところまで迫ってきていた。


 今日も無精髭のまま、ウェーブがかったむさくるしい髪。そして薄い茶色の入ったレンズのサングラスを掛けた姿は、やっぱり医師とは思いづらい。


 その正体不明の髭男は、さくらさんのコートが掛けられている座席の背もたれのところに、無遠慮に腕を置いて、こちらをにやにやしながら睥睨してきているわけで。こいつ……!!


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