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#16:力投する


 翌日、9月24日。


-柏木さん、お加減はいかがですか?


 社交辞令のようにそう体調のことを聞かれるのはいつも通りなんだけれど、不思議とそれが上っ面だけの言葉に聞こえない。


 さくらさんは、やはり心の中に暖かな何かを持っているわけで。遠くから微かに聞こえてくる飛行機のジェット音以外はほぼ無音の病室の中に、柔らかな声が降り落ちて来ている。


「だいぶ良くなりました。食事も結構取れるようになりましたしね」


 僕も随分リラックスして会話が出来るようにはなっていた。ただ、面と向かってだったら多分悲惨なことになるだろう。このスピーカー越しの会話、この距離感こそが絶妙なんだと、今にしてそう思うわけで。


-それは何よりです。脚の骨も順調に治癒しているとの事なので、そろそろリハビリに入れる頃だと、外科の先生はおっしゃってました。


 ……リハビリ。体が治っていくのは喜ばしいことなんだろうけど、大抵リハビリって痛みを伴うっていうよね……車椅子で相当自在に動けるようになっている今の僕には、自分の両の脚で立つということ自体が億劫で、何かわからないけど怖ろしい。


 でもそんなびびる自分をさくらさんに見せられるわけもなく、僕はいやあ楽しみですねえなどと調子をくれるばかりであって。そしていつも通りの何気ない会話を続けていく……と見せかけて、僕は昨日からずっと考えていた「作戦」を実行に移す算段を頭の中で巡らせていた。


「……記憶のことについて、少し思い出しかけてきたことがあるんですけど、それを話してもいいですか?」


 まあいつもの、ど直球しか放れない自分に嫌気がさすものの、この前置きが無いとさらに不審な感じが増してしまうのでしょうがない。


-ええ。どうぞ。


 さくらさんの声色も心なしか強張ってしまった。シンヤのようなそつない喋り口はやっぱり無理だ。奴のその才だけは本当に羨ましい。いや、そんなことを考えている場合じゃない。気を取り直し、僕は切り出す。


「映画の記憶があったんです。なぜかは分からないんですけど」


 「予言」を知っている人からしたら噴飯ものの、ど直球だ。嘘をつけと。でもこんな脈絡のないことの方が却って真実味を帯びさせることが出来るのではないか……僕の独りよがりの考えはそこに着地した。それがうまく通るかどうかはまた別の問題だけど。


-映画、ですか。それを『視ている』という記憶があったということなんですか?


 さくらさんが真剣にそう聞いてくる。騙している側としては心苦しいが、駄目なら駄目でそれまでだ。今後「予言」については一切を封印することとする。さあ、肚を決めろ。


……決意を込めて、僕は続ける。


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