#11:邂逅する
9月23日。
「予言1」……
<9が つ22にち はじめてさ くらさ んとあうぼ くにとっ てのはつ デート かなりき んちょうしたさく らさんはむ らかみは るきがすき だそう でぼくとおな じだう れしかった>
が、かなり僕の意思による介入を受けたものの現実のこととなった翌日、僕は早くも次の「予言2」に関してどう対処したらいいか、朝から葛藤していたわけで。
「……」
おそらく他に考えなければならない事はあるんだろう。
僕が起こした事故のせいで死んだ家族のこととか。いま現在、今回の事故によって心配や迷惑をかけているだろう人たちのこととか。
でもそこらへんの記憶がすっぽりと抜け落ちている今、それらについて今の僕の脳で考えることは不可能であり、不適切なような感じもしていた。不謹慎は百も承知で、差し当たっては自分の出来ることを最大限やるしかないと、そう割り切ろうとしている。
と言いつつも僕は今やさくらさんを全ての行動の中心に置いているわけであり、その熱にうかされた中学生男子のような行動指針はいかがなものか、と冷めた目で俯瞰しているもうひとりの自分を感じたりもしていた。
要は思考が相変わらずぐちゃぐちゃで、周りの事なんかまったく見えていないわけであって。
……その隙だらけの僕の前に、不意打ちのようにしてその「男」は現れたのだった。
<9がつ30に ち さくらさん とえいがを みにいっ たさくらさ んはいんでぃじょ -んずがすきだそ うでぼくはそれほどだっ たけどすご くたのしめたそ れよりもふ たりででかけられ たことがう れしかった>
昨日記された「予言2」を僕はベッドに寝転がったままずっと眺めていた。
のたくる文字は相変わらずだが、何というか適当に書き殴っているといった感じには僕には見えなくなっている。ままならない体を、懸命に動かして書き紡いでいるような、そんな真摯な思いが、この下手くそで稚拙な平仮名の羅列からは読み取れる、ような気がする。まあ、自分で書いているは書いているんだけど。
そこは置いといて、重要なのは内容だ。
「映画を見に行った」という所がまずハードルが高い。事故後目覚めてからは、僕はこの病院から外に出たことがない。「二人で出かけた」? ……さらに難しいのでは。そもそも外出が許可されるのか? わからない。わからないけどこの困難な状況下でこの「予言」通りに事が運んだとしたら……それは本物だという裏付けにならないか? とも思う……けど。
いや、僕はこの「予言」に関して、もう一つの側面があるのではないかと考え始めてもいる。
僕が「第1の予言通りに行動を起こしたこと」、予言を知らなければ果たしてさくらさんの反対を押し切ってまで、再度中庭に行こうとしたか?好きな作家……村上春樹の事とか話題に挙げることができたか?
つまりこの予言は、予言された通りに行動すれば、何というかよくは分からないけど、物事がうまいこといくとか、そんな未来の日記的なものなのか? との見方も出来るんじゃないだろうか。
その場合、僕は予言に沿った行動をとることを自分自身で積極的に行っていかなければならない? いや、何でだ? そこまで予言に従順になる必要は?
「……」
結局のところ、わからないことだらけだ。予言が「においによる記憶想起」の直後に行われるのも謎だ。
でも……予言を知ってしまったからには、その通りに出来ることなら現実も進めてみたいと思っている僕がいる。他に、すがるものが無いからなのかも知れないけど。
差し当たって「予言2」を現実に実行するためにやるべきことは何だ? 外出許可を取る? さくらさんの了承を取って隠密に院外へと脱出する? インディジョーンズの映画がリバイバルとかでやっている映画館を探す? 僕がそんな切実ながらもどこか浮世離れした妄想をしている時だった。
「……キミが柏木恵一くん……かい?」
病室の扉の所からいきなりそう声を掛けられた。渋い低めのテノール。何というか落ち着きと共に、余裕も感じさせる響きを持っている。
ドアはよほどの事がない限り開け放たれているのだが、今まで医者や看護師以外、ここを訪れた人間はいなかった。面会……? 僕の……何かしらの関係者だろうか。でも、僕の事を知らないような物言いだったぞ?
「……ようやく会いに来れた。記憶が飛んでいるんだって? では『はじめまして』……『シンヤ』と言います」
無造作にうねる黒髪は、中途半端に長くボサボサだが、その下から覗く眼光は鋭い。無精ひげが口周りを覆っているが、それがしっくりとしていて、イメージだけどテレビのディレクター然とした雰囲気を、その肩幅が広くがっしりとした体から感じる。高そうな茶系のスーツを身に付けているのも、そのイメージを後押しするかのようで。
「シンヤ」……僕にこの人物の記憶は、見た目・名前共に無いが、何だろう、昔から知っているかのような、得体の知れない懐かしさのようなものを感じている。




