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9 笑顔のために

 木剣で喉に穴があけられるほどの突きをくらう。


「ジーーーーーーーーーンッッ!!!」


 またクレアの悲鳴を聞くことになった。

 やはり彼女はポーカーフェイスを歪ませて目の端からはポロポロと光るものを落としていた。




 クレアの悲鳴と涙は100回目(・・・・・)でも辛い。




 もう数えられなくなっているから実際には100回以上だろう。

 そんなことを考えているとオスカーが追撃の構えをとる! ヤバイ、スキル発動!



【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】



「では、木剣による試合をはじめる。勝利条件は相手を立てなくするか、もしくはどちらかの敗北宣言だ」


 マチルダ先生からルール説明も100回以上聞いた。

 それでも僕はオスカーに攻撃をかすらせることすらできなかった。


「はじめ!」


 オスカーが僕を見て馬鹿にしたような不思議そうな顔をする。


「おいおい、戦う前だっていうのに大丈夫かい? ゼロ能力者くん」

「う……うるせぇ」


 こっちは今しがたお前に喉に穴を開けられたばかりなんだよ!

 身体の痛みと恐怖は消えても、記憶の痛みと恐怖は覚えている。

 もちろんクレアの叫びと涙も。


――それにしても、誤算だった。


 最初、オスカーとの戦いはいわば『覚えゲー』になると僕は思っていた。

 『覚えゲー』とはシューティングゲームでよく使われる言葉だ。

 あまりにも敵の攻撃が激しいので、死にながら敵の攻撃パターンを覚えて攻略していくというものだ。

 自分の場合は死んだら終わりなので死ぬわけにはいかないが、ともかく防御と回避に徹してオスカーの攻撃パターンを見極めようとした。

 結果、たまに外すこともあるが、攻撃を先読みすることは概ね成功するようになっている。

 だが、それでもどうにもならなかった。

 パターンを覚えて先読みしても自分のスピードがオスカーのスピードに間に合わない。

 地力の差が有り過ぎたのだ。


「ぐわっ」


 またオスカーの攻撃をあばらにくらってしまう。

 奴の攻撃を読んでいて、しかも防御と回避に徹しているにも関わらず。

 イヴァの世界では戦闘系スキルが上がれば身体能力も上がるのだが、ロードすればスキルレベルを上げるための経験は消えてしまう。

 だからスピードの差が一向に縮まらない。攻撃パターンを覚えて、先読みできてもそれを生かせない。


「カンだけは鋭いな。ゼロ能力者くん」

「くっそ……攻略方法のない覚えゲーとかどんだけクソゲーなんだよ」

「覚えゲー? クソゲー? なにを言ってるんだか。アハハハ」


 今度のオスカーの攻撃はスキの小さい斬撃を連続で繰り出してきた。遊んでいるんだろう。

 こっちはクソゲーだが、オスカーにとっては最高に楽しめるゲームのようだ。

 クレアというオプションでオスカーが油断してなかったら、もう本当に死んでいたかもしれない。

 オスカーがこちらに剣先を向けてクルクル円を描くような動きをする。

 来るぞ! 目だ!


「ぐわああああああああああ!」


 やはり読めてはいたが、防ぐことも躱すこともできなかった。

 また右目で、自分の左目を見ることになる。

 どうすりゃいいんだ。ロードして戦う前に土下座でもして謝れば良いのか?

 そうすりゃこんな痛い目を見ることもないし、最悪致命傷を負って死ぬこともない。このフェイシング


「ジーーーーーーーーーンッッ!!!」


 またクレアの叫びを聞いて、涙を見る。

 これを見る度に思う。

 クレアのいつも人を食ったような態度は仮面ということが。

 そして僕を本当に思ってくれていることを!


 くそおおおおおおおおおおお! 目をくり抜かれるのがなんだ! 喉を潰されるのがなんだ! 絶対に防ぐことも躱すこともできない攻撃をしてくるからなんだってんだ!

 100回血反吐を吐いてダメなら……1000回だって吐いてやる!


「ロードオオオオオオオオォォォ!」



【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】



「おいおい、戦う前だっていうのに大丈夫かい? ゼロ能力者くん」

「うるさいオスカー! 僕はこのループ地獄をくぐり抜けてクレアを笑顔にするんだ!」


 ポーカーフェイスのクレアが驚いて目を丸くした。


「ジ、ジン……急になに言ってるのよ?」

「待ってろよ! 僕は絶対に諦めないからな!」



【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】





…………………………………………



………………………………



…………………………



…………





 ……もう何千……いや一万回ぐらいロードしただろうか?

 

「戦う前から死人のような顔色だぞ。ゼロ能力者くん」

「……」


 黙れと言い返したかったが、それすらできない。

 ロードによって身体は元に戻っても、損傷の記憶で気力は根こそぎやられている。

 あるのはただただクレアの泣き顔を笑顔にしたいという思いだけだった。


 オスカーの木剣が弾丸のように迫った。

 この攻撃は頭をかすめるだけなんだけど躱せないんだよなあ。

 流れる血で左目の視界が赤く染まってさあ。


「ほう。よく躱したな」


 え? 躱し……た?

 そんな馬鹿な何千回とループして躱せないって判断した攻撃だぞ?


「ふっ。どうやら躱した君のほうが驚いてるみたいだな。こっちは加減してるんだぞ」


 オスカーがこちらに剣先を向けてクルクル円を動かすような動きをする。

 このフェンシングのような動きで何百回、左目をくり抜かれたか……。


「ぐあああああ!」


 激痛! だが左目じゃない!? 左耳!?


「今のは左目を狙ったんだがな」


 どういうことだ? 何千、あるいは一万回ロードしたって言うのに躱せなかったんだぞ。

 一万回のロード? ひょっとして……。


「あっ!」

「ん? どうした?」


 オスカーが僕をいぶかしげに見る。


「そうか。そういうことか! ハハハ」

「……耳をちぎられて狂ったのかね? ゼロ能力者くん」


 観客も僕が狂ったかと思ったらしい。


「お、おい。アイツやばいぜ」


 クレア、スネイル、イアンも今にも決闘を止めそうだった。


「クレア! スネイル! 心配するな! それより僕の【ロード】スキルを見てくれ! 早く!」


 鑑定スキルを持つ二人に叫んだ。

 二人は最初は訳が分からないという顔をしていたが、すぐに違う驚きを持った顔に変わる。

 それを見て僕は確信をした。


「なにを言っている? ゼロ能力者のゆえんたる能力を見たところで」

「オスカー。なんならお前も見てみるといいぜ」

「そんなこと必要あるかぁ!」


 オスカーがまた突きを放つ。

 今までなら確実に喉笛に穴を開けられていた。

 辛うじて躱すが逆に頸動脈をやられでもしていたら危険だ。

 意識を失う危険性を考慮して僕はすぐにスキルを発動させた。


【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】


 オスカーの剣が今までより、ハッキリ見える。

 そして躱せる!


「まるで俺の剣を見てきたかのように躱すね」

「実際見ているからな」


【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】


……【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】


…………【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】


……………………【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】


………………………………………………………………【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】


 ロードとロードの間隔が拡がっていく。

 オスカーの攻撃を躱せるようになってきたからだ。

 もう先読みすればオスカーの攻撃を完全に躱せる。


「何故だ! 何故当たらん!? お前の【剣戦闘】スキルは【上】になったばかりだろう? 私はもう【極】にすら届きそうなんだぞぉ!!!」

「はたしてそうか? お前も人物鑑定スキルか人物鑑定できるマジックアイテムがあるんだろ? 見てみると良いぜ!」


 何十回か前のループでは、オスカーのやつはそんなことは必要ないと言っていたのに、慌てて懐から【人物鑑定の水晶】を取り出して使った。


「な、なに? 【剣戦闘・上】の四段階目だと?」


 四段階目か。へへっ。まさかそこまで上がってると思わなかった。

 せいぜい三段階目だと思ったんだけどな。

 だがオスカーが本当に見るべきスキルはゼロ能力者と馬鹿にする【ロード】のほうだろう。

 何千、あるいは一万と使った【ロード】は技能スキルの経験を引き継ぐように進化したのだ。

 考えてみれば【剣戦闘】スキルも剣を使っていれば、上がっていくのだ。


「う、嘘だ! お前の【剣戦闘・上】は一段階目だったハズだ! 俺のすぐ下の段階などあり得ない!」


 オスカーがこちらに剣先を向けてクルクル円を描くような動きをする。


「そいつはもう百回以上は見たぜっ!!!」


 僕の体がほとんど勝手に動く。そして……。




「ぐわああああああああああ!」




 叫び声が響き渡たった。

 オスカーの剣は……僕の左耳の真横の空を突いた。

 そして僕の身体と記憶に刻まれた経験は……無意識にオスカーの目を真っ直ぐにカウンターで突き刺していた。


「ぎゃああああ! 痛い! 痛いいいいいいいいい!」


 木剣をオスカーの目から抜く。


「どうだオスカー……降参するか?」

「す、するに決まってるだろ! 降参する! 痛いいいいいいいいいいい!」

「僕はそれを何百回と味わったよ」


 マチルダ先生が叫ぶ。


「しょ、勝負それまで! オスカーを早く魔法医務室へ!」


 場は騒然となって、しばらくするとほとんど人が消えた。

 僕は倒れ込むように校庭に大の字になった。

 未だに傷を負った痛みと恐怖の記憶は薄れていない。


「無傷で余裕だったわね。私の言うとおりだったでしょ」


 ポーカーフェイスに少しだけ微笑みを携えたいつものクレアが僕を見下ろしていた。

 そりゃクレアからしてみたらそう見えたに違いない。

 それで満足だ。クレアの泣き顔なんて見たくない。

 僕は目を閉じる。


「ああ、余裕だったよ。そして……なんの苦労もないさ……」


 クレアのいつもの笑顔が見れて本当に良かった。

 そう思った時、目を閉じた顔に暖かい水がパラパラと顔に当たる。


「雨?」


 目を開くと笑顔のままで目から涙を流し続けるクレアがいた。


「クレア……泣いてるのかよ……」

「え? アレ? アレ? 私どうしちゃったんだろう? ヤダッ!」


 クレアは笑顔を捨てて子供のような号泣に変わった。

 僕に倒れ込んで胸に突っ伏して泣き続ける。

 スネイルとイアンはなにがなんだかわからないという顔をしていた。


「なんで泣くのさ……クレアの笑顔のために……すげえ頑張ったのにさ……」

「だって私……何度も……何度も……何度も……数え切れないぐらいジンのことを心配して……謝って……謝って……謝って……」

「へへへ。そんな心配することがどこにあったんだよ」

「なんだかそんな気がするのっ!」


 やはり奇跡は誰かの情熱が起こすらしい。


「良いんだ。そんなことは覚えていなくて……代わりに笑顔を見せてくれよ」


 頭を撫でながら優しく言ってもクレアはしばらく号泣し続けていたが、急に僕の胸から顔を離す。

 いつものクールな微笑ではなく、子供のように無邪気な笑顔があった。

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【剣戦闘・上】

1:数年以上の訓練。 ←今までのジン

2:一人前と言われる。

3:多くの人から剣の腕を褒められる。

4:剣のプロとして生きる人も現れはじめる。 ←NEWジン 

5:剣の手練れとして認識されたり、噂されはじめる。 ←オスカー

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【ロード・上】


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