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8 本当の戦いのはじまり

「どうしてダメなんですか?」


 学校の校庭の仮設テントのなか、大会運営委員で、かつ生徒会役員のオスカーという学生は参加希望の僕にステータスプレート提示を求めた。

 嫌な予感はしたけど、見せろと言われれば見せるしかない。

 案の定、大会への参加を拒否された。


「どうせ入団狙いなんだろ?」

「誰でも参加可能って書いてあるじゃないですか」

「ゼロ能力者も可能とは書いてない」


 その言葉にスネイルが逆上した。


「ざけるなっ! こいつが剣をどれだけ努力して鍛えたと思ってるんだ」

「お、おい、スネイル。先輩だぞ」


 イヴァでは強いスキルを持っていても女神に授かったスキルでないと神殿では証明されない。

 日本で例えるなら大学入試の結果がずっとついて回ることに少し似ていた。

 それよりも、遥かに厳しい上に運の要素が強く、しかも差別的だが。

 オスカーが殺気を放ちながら立ち上がる。


「何だアイツ。部外者がオスカーに喧嘩売ってるぞ」

「馬鹿なやつだな」

「運が悪けりゃ殺されるぞ」


 いつの間にか帰り際の生徒が集まってザワついている。


「口の利き方を知らんやつだな。久しく使われていないが、貴族は平民に対して斬り捨て御免の法律もあるんだぞ」

「う、うるせぇ」


 オスカーが剣の柄に手をかけたことに気づく。オスカーは【剣戦闘】スキル持ちだ。

 【剣戦闘・上】の自分には相当強いことがわかった。


「俺はオルランド家のものだぞ」

「え?」


 スネイルが押し黙った。

 オルランド家の名前は僕でも知っていた。フランシス王国で領地を持つほどの軍事貴族だ。

 何代か前の防衛騎士団の団長も排出していた気がする。


「俺はそこのゼロ能力者くんが怪我をしないように言っているのだよ。既に登録したルーキーもなかなか強者揃いだったからね」


 スネイルがまた何か言いそうだったのを僕は手で制した。

 ペコリと頭を下げてから静かに聞いた。


「僕が【剣戦闘・上】でもですか?」

「ああ、成り立ての【剣戦闘・上】じゃね」


 確かに【剣戦闘・上】にも実際にはピンからキリまであってその差は絶大だ。

 きっとオスカーはステータスプレートを見るだけでなく、人物鑑定スキルを持っているか、マジックアイテムを僕に使ったんだろう。


「彼らは戦闘スキルの【上】で君より上だ。外部のゼロ能力者が参加したなどと聞いたら喜んで甚振いたぶるぞ」


 オスカーはそういいながら楽しそうに剣を鳴らした。

 さっきも思ったがこのオスカーという男はスネイルを斬り捨て御免とまで言った。

 きっと……。


「きっと血を見るのが好きなタイプね」

「え?」


 クレアが小さな声で僕が考えていることと同じことをボソリといった。


「オスカーさんなら優勝できるんですか?」


 クレアが前に出てニコニコしながらオスカーに話しかけた。

 オスカーははじめクレアを鋭く見たが、すぐに紳士的な態度を取り繕った。

 女には弱いタイプらしい。


「もちろん。いくら強いって言ってもルーキーだからね。俺なら簡単に優勝できるよ」

「ということは、もし今ここでジンがオスカーさんを破れるなら、心配をするどころかジンは優勝できることになりますよね?」


 僕も含めた観客の全てに緊張が走った。


「女性でも聞き捨てならないね」

「ちょっちょっと」


 僕がクレアを止めようとすると彼女はステータスプレートを取り出してオスカーに見せた。


「な、なに? 【ギャンブル・極】?」


 既にかなり校庭に集まっていた下校中の生徒もざわめき出す。

 オスカーが少しクレアに気圧されたように言った。


「こ、ここは王都騎士団の軍学校だよ。戦闘スキルを競う場所だ」

「ギャンブラーの私にはジンが剣の勝負でオスカーさんに負けると思えないんです」

「なにをっ?」

「オスカーさんここでジンと木剣の試合をしませんか? ジンが勝ったら彼の武術大会の出場を許可して下さい」


 僕はやはり武術大会に出てみたい。

 クレアの挑発にオスカーは首を縦に振るかもしれない。

 少し期待する。


「君だけが得することになるな。俺が勝ったらなにをくれる?」


 金ならかなりある。全部賭けても惜しくない。


「好きなだけ私を思い通りにできるというのはどうですか?」

「なに?」

「なんだって?」

 

 オスカーと同時に叫んでしまう。


「馬鹿よせ! 金ならある!」

「相手は貴族でしょ。そんな端金に意味ないわ」


 それはそうかもしれないけど。

 オスカーが急に笑い出す。


「ハハハ。いいよいいよ。正直、僕は君をどうこうするのには興味なんかないけど、思い上がりを叩く必要はあるだろうしね。それに木剣なら安全だ」


 木剣が安全なわけがない。

 事故ですら不具になることも死ぬこともよくある。

 そもそもオスカーは殺気を出している。


「大丈夫よ。私、自分を賭けて負けたのジンだけなの」

「戦うのは俺だぞ」

「自信ないの? ジンにあげる前にあんな奴に傷物にされちゃうのやだな」


 クレアが僕の顔を見る。

 勝ちを微塵も疑っていない顔だ。


「クレアは人物鑑定もあるんだろ? オスカーの【剣戦闘・上】はどうだ?」

「【剣戦闘・上】の最終段階ね」

「僕は【剣戦闘・上】はなったばっかだぞ」


実力差はこんな感じだ。


-----------------------------------------------------------

【剣戦闘・上】

1:数年以上の訓練。 ←ジン

2:一人前と言われる。

3:多くの人から剣の腕を褒められる。

4:剣のプロとして生きる人も現れはじめる。

5:剣の手練れとして認識されたり、噂されはじめる。 ←オスカー

-----------------------------------------------------------


「どうして僕が勝つと信じられるんだか……」

「ギャンブルの最後は情熱って言ってるじゃない」

「はいはい」


 僕とクレアは笑い合うしかなかった。



◇◆◇◆◇



 オスカーとの試合、いや決闘がはじまろうとしていた。

 揉め事になったらすぐに消えたイアンは先生を呼ひに行ってくれていた。

 マチルダという女教師が駆けつけてくれたが、オスカーのような貴族は馬鹿にされた場合、決闘権というものもある。

 決闘権を主張したオスカーを止めることはできなかったが、先生は公平な審判になると約束してくれた。


「では、木剣による試合をはじめる。勝利条件は相手を立てなくするか、もしくはどちらかの敗北宣言だ」


 先生から決闘法に則ったルールが伝えられる。

 逆に言えば、相手を立てなくするか、敗北宣言をさせる前に命を奪うことだってできるのだ。


「はじめ!」


 やはりオスカーは余裕の構えだった。

 だが、まだ距離はある。

 ……と思った。

 オスカーの木剣が弾丸のような早さで迫り、僕の頭をかすめた。


「ぐっ! この距離で!?」

「ふふ。気をつけたまえ。俺と君じゃ身体能力からして既に違うんだよ」


 イヴァの世界の人間の身体能力は地球の人間とは比べ物にならない。

 しかも、それは戦闘系スキルにも左右される。

 既にアスリートを超えているのだが、オスカーのクラスになれば全速力で走るトラと並走しながら剣を振るえる。

 僕はジリジリとさらに距離を取った。

 ふと気づくと左の視界が半分、赤に染まった。


「血が左目に入ったのか……」


 血液は体温と同じだから体表を流れてもしばらくは気がつかない。

 最初の一撃で額を割られて左目に血が流れ入ったらしい。


「降参してもいいんだぞ」

「誰がするか……」


 その気になれば、オスカーは木剣でも僕を殺せる。

 僕が申し出て決闘したらオスカーはそれを狙ったはずだ。

 ただ今はクレアという報酬の存在で気分が良くなり、怒りが収まって僕を殺すことにそれほど積極的ではなくなっているようだ。

 その油断は僕のスキルにとっては物凄く有利に働く。

 クレアの援護に今更ながら感謝する。


――ガンッ


「くっ」


 オスカーの稲妻のような斬り込みがはじまった。


――ゴッ、ガンッ、ガッ


 反撃は一切考えずに防御に徹する。

 ともかくオスカーの剣を見る。それが僕の基本作戦だ。

 オスカーは一太刀、防いでも、二太刀、三太刀と次々に斬り込んでくる。


「おおお!」

「すげー! 一方的じゃんか!」

「やれやれー!」


 オスカーの攻勢に観客の歓声が大きくなっていく。

 観客はみんなオスカーを応援してるようだ。当たり前か。


 フランシス王国が誇る軍事貴族オルランド家の子弟が、ゼロ能力者の僕に敗れる姿など誰も望んじゃいない。

 そもそも観客のほとんどが軍学校の学生だしな。

 けれど……。 

 オスカーと離れたスキに観客のほうへ、チラリと視線を送る。

 赤い視線の先にいたクレア、スネイル、イアン。


「三人は僕を応援してくれているっ!」


―カッ


 こちらから果敢に斬り込むことにした。

 とはいえ、大振りはしない。あくまでもモーションは小さく、スキは小さくだ。

 なぜなら重要なのは……一撃でやられないことだ。


――ザクッ


 オスカーがこちらに剣先を向けてクルクルと円を描くような動きをする。

 フェンシングの動き? と思った瞬間、オスカーが赤い視界の側に消えて左目に激痛が走る。


「ぐわああああああああああ!」


 猛烈な痛みに剣を無茶苦茶に振り回してしまった。

 オスカーはそれを躱すために余裕を持って後ろに飛び退いた。

 オスカーの木剣の先には潰れた僕の目があった。

 くっそ。こいつやっぱり僕のことを殺してもいいと思ってるな。まずは目を不具にしてやったってことかよ。

 僕は片目でも同情しているような顔のオスカーの口角が上がっていたのを見逃さなかった。

 会場にももはや歓声はない。

 それどころかスネイルとイアンが叫ぶ。


「やめろーーーーっ!」


 クレアは口唇の端を血が流れるほど噛み締め、くんだ腕には爪も食い込んでいるように見えた。

 きっとクレアは直感で僕が勝つと確信したのだが、この情けない結果に驚いているのだろう。

 マチルダ先生が慌てて僕達の間に入った。


「お、お前、もう降参しろっ!」


 それでも決闘法で戦いを終わらせられるのは、相手を立てなくした勝者か、負けを宣言した敗者だけなのだ。

 

「降参したほうがいいぞ」


 降参を勧めるオスカーの本心は知っている。

 多くのギャラリーの前だから降参しろと言っているだけで本心はその逆だ。


「ふっまだまだですよ」


 オスカーがニヤリと冷たく笑う。

 木剣の先に刺さる僕の左目を振り払った。

 僕の血塗れの左目はコロコロと転がり、止まったところでオスカーが踏み潰した。

 またざわめき出していた観客だったが、あまりの光景にシンッとしてしまう。

 だがその静寂をかき消す僕の名が聞こえた。


「ジィーーーーーーーーーンッッッ!!!」


 クレアが叫ぶ。

 いつものポーカーフェイスを歪ませて目の端からはポロポロと光るものが落ちていた。

 心のなかでクレアに「心配させてごめんな」と謝る。

 けれど、ここからが本当の勝負だ!


「オスカー……」

「ん? ちっ、なんだ降参か? まあゼロ能力者がよくやったほうだ」

「いや……ここからが本当勝負、ループ地獄のはじまりさ」

「アハハハ。地獄? 地獄ならお前がもう見ているじゃないか」

「あぁ、その地獄は最初に僕が見て、最後はお前が見ることになるっ!」


 そして僕はスキルを発動させた。


「ロード」


【フランシス王都、軍学校校庭。ロードしました】

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