6 ステータスプレートの意味
「兄ちゃん、また来いよな~」
防具屋のギースさんが挨拶してくれた。
カジノでお金に余裕ができたので、ドワーフ製の鋼の盾は少しだけオマケしてもらって3500ダラルで購入することにした。
ギースさんとは【セーブ&ロード】のおかげで大分仲良く馴れた。
これからもずっと末永く付き合っていきたい。
【セーブ&ロード】を手に入れた僕は全てが順調だった。
「ジンって防具にも詳しいんだね」
「まあね。少しだけ」
クレアが少しだけ微笑む。
そりゃギースさんから防具の講義をループして何度も受けてるもの。
ギースさんは見た目は怖いけど防具のことは本当に詳しかった。
ところで僕は昨晩からクイーンさん……いや、クレアに付きまとわれていた。
彼女は【ギャンブル・極】の影響なのか異様にカンが鋭く、こっそり離れようとしても察知されてしまう。
もちろん僕のスキルを使えば、簡単に彼女を〝撒ける〟とは思うけれど、まだカジノのフロアマネージャーも探しているかもしれない。
彼女の安全のためには一緒に居るしかなかった。
「ところでジン。昨晩はなんでベッドが二つの部屋に泊まったの? 二人用ベッドの部屋で良かったのに」
昨日はカジノホテルを逃げてから二人で裏通りの安宿に向かった。
別々の部屋に泊まろうとしたが、クレアが怖いというので同じ部屋に泊まった。
本当に怖いのだろうか。命を賭けるようなギャンブルも平然としそうな気がするけど……。
「今夜は一緒のベッドで寝るのはどう?」
「寝ないよ……」
もちろん僕はレイア以外の女性とベッドを共にしたことなどない。
けれど昨夜は何回もクレアのベッドの中に潜り込もうかと思ってしまった。
僕は追手が来ないか見張りをしてるのに、クレアはシーツから黒いストッキングの足を出して気持ちよさそうに寝ていた。
いっそのこと【セーブ】してから潜り込んで、【ロード】して無かったことにしようかと思ったぐらいだ。
「というかクレアは困らないの?」
「なにが?」
クレアはスキルの神殿で【ギャンブル・極】と【人物鑑定】のスキルを得て以来、王都のカジノをディーラーとして渡り歩いて、ここ数年はホテルリンダのカジノで働いていた。
そこを身一つで逃げたのだから当然無一文のはずだ。
他のカジノで生計を立てようとしても、きっと例のフロアマネージャーに真っ先に張り込まれているだろう。
クレアは何も悪くはないが、そんな主張が通じる相手とも思えない。
少なくともしばらくはどうにもならない。
「だって無一文だろ? どう考えても困るような」
「それは普通の人の考えね。ギャンブラーは違うわ」
「え? じゃあギャンブラーはどう考えるの?」
「無一文になれば、ジンは私を見捨てることができないって考えるの」
クレアが僕にウインクした。
お、恐るべし、ギャンブラー。
僕と一時的に一緒にいるために、社会的な立場もお金もアッサリと全部賭けてしまうらしい。
いや、こちらは一時的だと思っているけど、向こうはそう思っていないかもしれない。
追われることすらも計算のウチなのかも。
「それだけ私がジンに入れ込んでるってことだからねっ」
クールなクレアがかわいらしい口調を作った。
「そういう口調もギャンブラーの計算なのか」
「ギャンブルって最後は計算じゃないの」
「じゃあなにさ?」
「情熱」
そ、そうなのかな~。
そんな会話をしながらクレアと歩く。
マジックアイテム屋で使い切りの鑑定アイテムなどを買い込む。
特に【人物鑑定の魔石】は多めに買い込んでおいた。
【人物鑑定の魔石】は【人物鑑定】が一度使える魔法が込められている。
【セーブ&ロード】を有効に使うには何よりも相手の情報が必要になるだろう。
「【人物鑑定】なら私ができるからジンが頼めばしてあげるのに」
「はいはい。で、武器屋は?」
「あっちよ」
僕らは次に武器屋へ向かった。
いい加減、村でもずっと使っていた鉄の剣が刃こぼれだらけなのだ。
王都で一番大きな武器屋に連れてきてもらう。
「でかいな。店員も複数いる」
「一番、大きな店だから」
ギースの防具屋がこだわりの個人経営店なら、こちらは会社が経営している大型店のようだった。
お金は10万ダラル以上ある。
王都でなにもしないでも何年かはそこそこ裕福に暮らせるお金だ。
それでもこの武器屋でもっとも高い真銀の剣は買えなかった。
「ミスリル製の武器ってたっかいんだね~」
「二番目の剣で十分さ。この鋼の剣はギースさんのところで買った盾と色合いが似てるし、きっとガロア村のドワーフが作ったものじゃないかな」
この店はギースさんの店と違って全て値札が貼ってあった。
二番目に高い剣を手にとって光具合を見ていると店員が話しかけてきた。
「お客様、お目が高いですね~この剣は当店で二番目に高い剣で」
「ひょっとして、ガロア村のドワーフ製じゃないの?」
「え、ええ? 少々お待ち下さい」
店員は鑑定書を持ってくる。
「【道具鑑定・極】のムロア氏の鑑定書で、その剣は鋼の剣としてA+ランクとなっております。購入の際には鑑定書をお付けします」
「いや、この鋼がガロア村のドワーフが鍛えたのか教えてほしいんですよ」
「そ、それはちょっとわかりかねますが」
ギースさんとは長く付き合えそうだけど、この店に足繁く通うことは無さそうだ。
それでもこの剣はしっくりきたので買うことにした。
「コレください。えっと9000ダラルですよね」
「はい~ありがとうございます。それではスキルプレートを見せて頂けますか?」
「え?」
「当店は武器屋ですので。当局からの指示でスキルプレートをご提示していただくことになっています」
なるほど。僕は田舎の出だから噂にしか聞いたことはなかったが、王都や都会ではスキルプレートが身分証代わりになるとは聞いていた。
確かに、名前と年齢を神殿が保証するのだからこれ以上の身分証はない。そしてある意味、能力までも保証している。
「どうぞ」
僕がスキルプレートを渡すと店員はあからさまに嫌な顔をした。
「ゼロ能力者……ですか?」
一般人はそこまでスキルに詳しくはないので瞬時にゼロ能力者と区別できないスキルも多いのだが、僕のスキルはこの中世風世界に置いて語感が異様過ぎた。
「その値札間違っていました。13000ダラルです」
「なんだって?」
店員が値段が間違っていたといい出す。
「9000だったはずだ」
「いえ間違っていたので13000です。というかアナタ9000だって払えるんですか? この店は格式が高いんですよ。【極】のお客様もいらっしゃるのです」
するとクレアが僕のお金が入った布袋と自分のステータスプレートをその店員に投げつけた。
「【ギャンブル・極】私が買ったらおいくらになるの?」
「え?」
店員が慌ててプレートを見る。
瞬間、顔が凍りつき布袋を落としてしまった。
口から金貨や銀貨がこぼれ落ちる。
騒ぎに店長らしき人がすっ飛んできた。
事情を聞いてすぐに値上げした店員に命令して硬貨を拾わせる。
「も、申し訳ございません。お金は全てありますか?」
店長はゼロ能力者である僕にまず謝ったところを見ると差別的な意識はないようだった。クレアと同じだ。
「お前はクビだー!」
「そ、そんなあ。店長……」
なんだかかわいそうになって来たから【ロード】してあげようかとも思ったけど、【セーブ】はギースさんの店で盾を買う前にしたっきりだったから止めた。
何時間も巻き戻されるのは面倒だし、この店員がいても店のためにならないかもしれない。
「その鋼の剣ですが、5000ダラルにお値引きさせて頂きます」
「店長さん。この剣の産地と誰が作ったかわかる?」
「え? 鑑定書では……いえ、それは存じ上げません……すいません……」
店長は僕にペコペコと謝った。
謝るのはいらないけど、ギースさんみたいに勉強してほしいな。
店長は悪い人ではなかったが、やはりギースさんの店のように何度も通うことにはなりそうもない。
店を出ると太陽が一番高いところにのぼっていた。
「クレアやり過ぎ」
「だって~私のジンがあんな奴に」
私のジンというところでつい笑ってしまった。
「うん。そうだね。ありがとうクレア」
「な、なに?」
「感謝してるんじゃないか。ありがとうって」
「う、うん……」
いつものクールな顔が少し赤くなった気がする。
クレアに勝つのは【セーブ&ロード】があっても難しいかもと思っていたけど、結構簡単に勝てるのかもしれない。
「クレアのおかげで良い剣も安く買えたし、美味しいものでも食べに行こうか」
「私、案内してあげるね」
「うん」
お昼ご飯を楽しんだら、イアンに盾を贈るために王都騎士団の宿営に行こうと思う。
それにしてもクレアと一緒に行ったら二人はどんな顔をするのだろうか。