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5 ギャンブル・クイーン

 僕は一度は離れたルーレットにゆっくりと戻る。

 戻ってすることは決まっている。スキルの初動だ。


【フランシス王都、ホテルリンダカジノ内。セーブしました】


 これで僕の負けは無くなった……ハズだ。

しかし、相手は【ギャンブル・極】のスキルとクイーンの異名を持った女性だ。

簡単には勝てないと思う。一体どんな手で攻めてくるのだろう。

 クイーンさんはルーレットを回す前に話しかけてきた。


「お客様、少しお話しても?」

「ええ。いいですよ」

「私は【人物鑑定】のスキルも持っています」

「そうなんですか」


 クイーンさんはよほど心理戦で相手を揺さぶるのがお好きらしい。


「だからアナタがジン様というお名前で、まだ16歳であることも知っています」

「なるほど。クイーンさんはいくつですか?」


 よし! 上手く切り返せた。


「22歳です。年上の女性はお嫌いですか?」

「いいえ。むしろ好きかもしれません」

「そうですか。フフフ。嬉しいですね」


 それでもクイーンさんは淡々と心理攻撃を続けてくる。


「16歳ということはスキル授与のため田舎から出てきたんですね?」

「当たりです」

「そこで『ゼロ能力者』になったと。セーブやロードなんてスキル聞いたことありませんしね」

「さすがですね」


 挑発も混ぜてきた。僕はどこ吹く風という態度を貫くことにした。


「16歳ですか……その若さで大勝負にまったく震えないなんて大したものですね」

「僕は勝つつもりですから」

「ええ。是非勝って、私のことも貰ってくださいね」


 クイーンさんは長髪を耳にかけた。

 冷たい表情を捨ててこちらに微笑んだのをよく見せるためだろう。

 本当に僕に勝って欲しいのではないかと錯覚しそうになる。


「ではジン様。ベットをどうぞ」

「いえ。僕はアナタが球を投げてから賭けさせて貰います」


 ルーレットにはディーラーが球を投げ込んでから、どこのスポットに賭けるか選択する時間がある。 

 その気になった手練てだれのディーラーは狙った場所に球を落とせると聞く。

 つまりディーラーが球を投げ込む前にベットするなど勝負以前の問題なのだ。


「フフフ。当然、そうですよね」


 クイーンさんがルーレットを回転させる。

 いよいよ球を投げ込むようだ。

 その瞬間、クイーンさんは喧騒に掻き消されてしまうかのような声で言った。


「0のスポットに球を落とします」

「え?」


 僕は驚いて顔をあげる。

 彼女は何事もなかったように回転するルーレットに球を入れた。

 

 今、目の前にいる僕にしか聞こえないような声で0に球を落とすって言ったのか? 

 0は赤と黒どちらでもない。

 ルーレットには1~36までがルージュノワールに色付けされているが、0だけは緑色でそのどちらにも属さない。

 代わりにピンポイントで0を当てれば配当は36倍になる。

 嘘なのか? 本当なのか?


「おい! 坊主!」

「なにやってるんだ?」

「早く賭けろ!」


 まずい。ロードをやり直せるとしても、時間切れなどできない。

 気づくとクイーンさんの瞳が僕を真っ直ぐに見つめていた。

 それを見た瞬間、僕は反射的に0に全てのチップを賭けた。

 賭けが成立する時間ギリギリ一杯!

 彼女がふと笑ったような気がした。

 ルーレットを走る球が回転力を失い出す。入ったスポットは……。


「0です」


 何事もなかったかのようにクイーンさんの声が響いた。カジノ中が大歓声に包まれる。


 オオオオオオオオオオォォォ!

 スゲエエエエエエェ!

 36倍かよおおおおおおおお!


 勝った。いや勝たされたのか? 

 大盛り上がりの観客に囲まれて胴上げされそうな勢いだった。


 けれど僕だけは冷静だった。


 なぜクイーンさんは0と宣言したのだろうか。

そう言えば僕が逆に0には賭けないと思ったのだろうか。

 喜ぶ観客に対して、慌てた黒服がすっ飛んできた。


「お客様。ボディーチェックさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 黒服が僕の身体をチェックしようとする。


「意味ないわ。ジン様はなんのイカサマもしてないから」

「し、しかし!」

「ギャンブルクイーンの私の目が信じられないの?」


 クイーンさんが凄むと黒服は退散した。


「おめでとうございます。36倍のチップです。それと私が使っているこのカジノホテルの部屋のキーです。二時間後に来てください」


 山のようなチップの上にはホテルの部屋のキーが乗っていた。


「い、いや……僕は……」

「やったなあ。坊主! く~~~羨ましいぜ!」


 さらなるギャラリーの大歓声に僕の辞退の声がかき消される。

 クイーンさんの表情は戦いの直前と比べて無表情で読みにくかった。

 けれど彼女が口唇を動かしたのはわかった。


「や く そ く で す」



◇◆◇◆◇



 僕はロードのスキルを使いルーレットの勝負を繰り返した。

 クイーンさんがなにを考えてるか知りたかったからだ

 結局、何度ロードしてもクイーンさんは0を宣言して、そこに球は落ちた。

 どうも僕を本当に勝たせたかったらしい。

 でも理由はこのドアを開けて入っていくまでわからないだろう。


【フランシス王都、ホテルリンダ214号室前。セーブしました】 


 ドアを叩く。


「ジンです」

「開いてます。どうぞ」


 キーは渡されたが、クイーンさんはドアに鍵をかけていなかった。

 部屋の光源は火のランプしかない。薄暗かった。

 クイーンさんはベッドの上に座っていた。ディーラーの制服のままだった。

制服の短いスカートから伸びるストッキングの足が艶めかしい。

 表情は逆光で見えにくかった。


「どうして僕を勝たせたんですか?」

「いいえ。ジン様が勝ったんです」

「それはおかしい。クイーンさんは宣言通り0に投下した。僕を勝たせたんじゃないですか?」

「勝たせたわけではありあませんよ。私の宣言通り0にベットして勝つ人を探していたんです」

「え? どういうこと?」


 言ってることがわからなかった。

 クイーンさんが一呼吸置いていった。


「大金がかかった鉄火場で、大勢のギャラリーのなか、挑発されて、36倍の0の出目を教えられて、時間内に賭けられる人は多くないのです。勝負ができても確率の高いルージュノワール……」


なるほど、そういうものかもしれないと思いながら聞いてみた。


「本当ですか?」

「ええ。実際にディーラーをやって数年ですけど、0に賭けて勝ったのはジンさん唯一人だけでした。凄いことです」


 あの状況下で、まず時間内に勝負ができる人はいなかったのだ。

 そして勝負をできた人も確率の高いルージュノワールに賭ける。

 言いかえれば、クイーンさんはそのように場を支配しているのだろう。


「私との一晩も……相手を萎縮させる布石なんですけど……ジン様の心は揺さぶれなかったみたいですね。それが敗因かな」

「い、いや。それは僕が……」

「残念だな。ウフフ」


 それは僕がセーブ&ロードを持っているから精神的に余裕があっただけだ。

 

「ところでなんでそんなことをしたんですか? カジノ側にアイツが勝ち過ぎだから負けさせろって?」

「まさか。勝負前の時点では連勝してても金額的には大したことなかったでしょ?」

「じゃあなんで?」

「私がギャンブラーだから」

「へ? 意味がわかりませんよ」

「フフフ。私はギャンブラーだから賭ける対象にこだわるの。私の人生を目一杯賭けられる男性を探していたんです」


 え? それってまさか? 僕……?


「見つけちゃった。約束は……いやと言われても受け取っていただきますって言いましたよね……」

「い、いや。それはその……」


クイーンさんがあやしく微笑みながら、ベッドの上で僕に向かって両手を広げる。

これじゃあ勝ったんだか負けたんだかわからないぞ。

 お金も手に入ったし、この部屋に入る前にしたセーブをロードして、彼女に会わずに去ってしまおうかと思った時だった。

 剣を鳴らしながら迫ってくる音が聞こえてくる。


「剣の音が聞こえる!」

「あーフロアマネージャーかな」

「くそっ! 大金を取り返しに来たのか?」

「それもあるかもしれないけど、私かなり言い寄られていて。私が一晩かけて負けたって聞いたんじゃないですか」


 ううう。面倒臭そうな話だ。

 ロードして僕がここに来ない選択をしたら彼女はここで殺されてしまってもおかしくない気がする。

 クイーンさんは殺されるほど悪い人ではない。

 窓からの高さを確認する。

 よし。ここは二階だし、最悪セーブ&ロードがあれば飛び降りても怪我を負わない分岐もあるだろう。

 対人戦の実戦を経験しておきたかったところだ。滅多にないかもしれない。

僕はニヤリとほくそ笑む。


「クイーンさん。いざとなったら飛び降りれるように窓のそばに」

「私のことはクレアって呼んでください」

「クレア……ともかく僕の後ろに隠れて窓のそばに」

「はーい♪」


 クールかと思ったらこんな性格だったのか。もう無視しよう。


【フランシス王都、ホテルリンダ214号室内。セーブしました】


 さあ。いつでも来い。 

 セーブしたところで、ドカドカと剣をもった暴漢が入ってきた。

一人、二人、三人か。

剣は既に抜いているが、剣の持ち方は……全員素人だな。

ドアから入って来た奴らの位置も覚える。


「クレア! 助けに来たぞ!」


ううう。やっぱり色恋沙汰のほうか。それでフロアマネージャーね。

 僕は問答無用でロードした。


【フランシス王都、ホテルリンダ214号室内。ロードしました】


 僕はクレアが座るベッドに走ってシーツを剥ぎ取る。


「キャッ」


 無視してドアの横に潜んだ。


「クレア! 助けに来たぞ!」


 走り込んで入ってきた三人にシーツを僕は投網のように投げた。

 それぞれの位置は一度確認している。


「なんだこれはっ! ぐわっ!」

「ぎゃっ!」

「ぐはっ!」


 彼らにはシーツ越しに僕の剣の峰をしたたかに食らわせてやった。

 しばらくは動けないだろう。

 素人相手だったけど、【セーブ&ロード】はやはり有効だった。


「よし! クレア今のうちに逃げよう!」


 クレアはランプを持ってボーっと立っていた。


「な、なにしてるんだよ。急ぐぞ」

「す、凄い……」


 僕はクレアの手をとって走ろうとする。

 ところが彼女が動かない……。


「やった! 私がジンに賭けたの大当たり!」


 クレアはそういうと僕をベッドに押し倒した。


「約束は守ってください……ね」

「そ、そんな暇あるかー!」


 僕はクレアを担ぎ上げてホテルを走り去った。

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