36 赤風の誤解!?
ビーストランドの馬は名馬だった。
二人の女性を背負っていると言っても赤風教徒相手に距離を詰めている。
他の馬に乗ったことのない僕にもわかるほどだった。
もっともセーブ&ロードのおかげで、我ながら他の馬に乗ったことがないとは誰も思わないだろうほどに巧みに馬を乗りこなしていた。
馬に乗りながらケルビンと会話もできる。
「王子は赤風教の連中が来ることを知っていたんですね?」
「ああ、遠乗りの時から俺を見ていた。来るなら来いと構えていたが失敗だったな。まさか女をさらうとは! くっそ!」
会場に赤風教が現れたときでさえ、泰然としていたケルビンが焦っていた。
その理由はサラで間違いないだろう。ケルビンはサラを好いている。
つい笑ってしまう。
「なにかおかしいのか? 事態は深刻だぞ。まあ俺のミスなのだが……」
「大丈夫です」
「なに?」
「絶対にサラ様をお救いします。傷一つ付けずに」
僕にはロードするという手段もある。自信満々で言ってやった。
ケルビンもふっと笑った。
「ほう。首尾よくいった暁にはお前の望みをなんでも一つ聞こう」
「それ二回目ですよ」
「なら二度叶えてやろう」
「忘れませんよ」
「ああ、忘れん」
本当かな。ロードしてしまうかもしれないんだぞ。
しかし、ケルビンの焦りは和らいだようだった。
いつもの余裕ある声に戻っていた。
「奴らはどこに逃げているんだか? 王都に住んでいるお前ならわかるか?」
「街を守る外壁に近づいているとは思うのですが……わかりません」
「そうか……ん?」
並走する王子がなにかに感じいたような声を出す。
顔を見ると鼻を引くつかせていた。
「どうされました?」
「女の匂い?」
「女?」
「間違いない女の匂いだ?」
「サラ様とマチルダ先生の匂いなのでは?」
「わからんが違う! 急ぐぞ!」
ケルビンの鼻は人間とは比較にならない。
何を嗅ぎ取ったというのだろうか。
前に向き直ると小さな灯りが見えてきた。
最初は小さな灯りが、大きく綺羅びやかになっていく。
綺羅びやかというよりはけばけばしいものに変わっていった。
日本の繁華街でよく見たネオンサイン似ていると思った時に数体の影がその中に入って消えるのに気づく。
ケルビンが顔を歪めた。
「しまった……娼館だ。木を隠すなら森のなか、女を隠すなら女のなかか」
なにがあるのかと思ったら娼館だった。
しかも、街の外壁を背にしているということはひょっとして……地下で壁の外と通じてるのではないだろうかと思う。
違法なビジネスをやっているようなところは逃げ道を確保しておくだろう。
僕らは娼館の前で馬から飛び降りた。
「カッター、リッツ。その辺で大人しくしていろ」
ケルビン王子が二頭の馬に呼びかけると手綱をどこにも結び付けなくても大人しくした。
さすがだなと思いつつ、娼館に入り口に向かったケルビンの後を追う。
「お客様、こちらは会員制で」
「どけ」
やってきた受付の二人の内一人をケルビンが軽く小突くと転がっていった。
僕が震えて動けなくなったもう一人の受付に話しかける。
「さっき入っていった黒い連中がいただろう? 奴らは?」
「さ、さあ? 支配人のご友人で女……よく女性を卸にくる商人です」
「馬鹿! 赤風教徒だぞ!」
「せ、赤風教徒!?」
どうやらこの受付は何も知らないようだ。
先に館に入ったケルビンの後を追って入る。
「なんだここは?」
僕は目眩がして、つい声をあげてしまった。
魔法石の原色の灯りに彩られた空間で、派手な音楽とともに、金色のアクセサリーしか付けてないような半裸の女達が踊り狂っていた。
それを少数の男たちが酒を飲みながら鑑賞している。
城の夜会にいたのは貴族だったが、こちらは成金の商人だろうか。
いや、案外貴族もいるのかもしれない。
ケルビンが会場の音に負けないように叫んだ。
「これでは鼻も耳も効かない! 奴らはどこだ!」
「地下ですよ」
「なぜわかる?」
「きっと地下道があって、その道が壁の外に通じているはず」
「なるほどそれだ! まずいな。すぐに探……」
ケルビンがそう言いかけた瞬間、踊る女と戯れて千鳥足だった男性客のレイピアが王子の胸に迫る。
「ぐっ」
「王子っ!」
ケルビンが右の手のひらでレイピアをうける。
レイピアは何の抵抗も無く手のひらの根本まで入っていった。
だがケルビンはそのまま敵のレイピアを握る手を止めた。
「くそがっ」
ケルビンが左の手でその男に反撃しようとしたところ、さらに女の影から三人の男が突きかかった。
赤風は突き技が多く鋭い。さすがのケルビンも殺られたと思った。
ところがケルビンは三本のレイピアもすべて左の太い腕で受けていた。
赤風教徒達はこの状況が有利と思ったのかニヤリと笑う。
だが、すぐに顔色が変わった。
追加の攻撃をしようとした男達の剣が抜けない。
ケルビンの腕が筋肉が盛り上がり剣を止めていた。
王子は右手に刺さったレイピアごと敵の手を引くことで、敵の男の頭に頭突きをした。
男の頭はスイカのように砕ける。
「ジンは早くサラを!」
血だらけで怒鳴るケルビンに呑気な客も異変に気がついたようだ。
「きゃあああああああああ!」
僕は女達の悲鳴が響き渡るなか店の奥に進んだ。
阿鼻叫喚の騒ぎで奥から出てきた従業員を捕まえる。
どうやら警備兵も兼ねているようで帯剣もしていたが、赤風教徒とは比べ物にならない。
片手で首を掴んで捻り上げた。
「おい! 街の壁の外に通じる地下道があるだろう!」
「ち、地下道……知りません」
首に親指をめり込ませる。
「あるだろ?」
「ぐ、ぐっほ。そこの階段を降りると倉庫があってその奥に……」
従業員が指をさす。
「剣を借りてくぞ」
自分の剣もあるが、ふとあることを思いつき、従業員の剣を奪って階段を降りた。
◆◆◆
城の夜会を襲撃した赤風教の男は残り5人。
うち4人は入り口で一斉にケルビンに襲いかかったので、残すは1人だが、残ったのは一番の手練れに違いない。
「離して!」
マチルダ先生の声がする。
聞こえた方向に走るとやはり地下道だった。
少し進むと地下道の魔法の石の灯りで、マチルダ先生とサラを抱える男がぼんやりと見えた。
マチルダ先生は意識があるようだが、サラはぐったりしている。
背後から近づと、男はこちらを向きながら後ずさる体勢をとった。
気が付かれていたようだ
やはり僕を超える手練れだ。
「ふふふ。俺には近づけまい。やっかいな王子が来る前に立ち去らせて貰うぞ」
奴のいうように女性を二人抱えていても、その気になれば捨てて僕を倒すことができるだろう。
マチルダ先生も僕に気がつく。
「ジ、ジンくん!」
時間を稼ぐために言った。
「美女を二人も持っていこうとはいくらなんでも欲張りすぎじゃないか?」
赤風教の男が薄笑いを浮かべていった。
「どちらかがフランシス王室とイスパ王室の血を引く娘なのだから仕方あるまい。どちらだ?」
「は、はぁ?」
「王子と踊っていた娘だろう?」
マチルダ先生とサラは夜会で王子と踊った。
それゆえに重要な血筋の姫と誤解されたのだろうか。
しかし、マチルダ先生は軍学校の教官だ。あり得ない。
サラはどうか?
フランシス王国の大貴族、エルドア公爵家の令嬢だ。
確かに公爵ともなれば、王家と縁戚なのかもしれないのでフランシス王国の血は入っている可能性はある。
しかし、外国のイスパ王室の血まで入っているんだろうか。
王家同士はよく婚姻するが、考えにくい。
それに彼女は四女だ。
そうなると他に三人もフランシスとイスパ王室の血を次ぐ貴人がいるのにわざわざサラを狙うだろうか。
なにかおかしく感じる。
「お前が担いでるのは軍学校の教師と、エルドア公の四女だぞ!」
「な、なに? 嘘をつくな!」
「本当だ!」
「イザベラ妃の娘ではないか?」
イザベラ妃という名前は気になったが、目の前の男が動揺したことのほうが今は重要だった。
先程の従業員の剣を柄の方が前になるようにマチルダ先生に投げる。
マチルダ先生はそれを受け取った。
「このクソ野郎おおおおおおお!」
「な、なに?」
ドレスを着て大人しく(やや暴れていたが)担がれていた姫が、急に怒声を張り上げて肩から飛び降り、大上段から奥義で斬りかかる。
マチルダ先生は剣を握ると性格が変わるのだ。
もちろん赤風の男はマチルダ先生を上回る腕を持っていたが、動揺したなかで、相手は反撃して殺してはならない姫かもしれないこと、さらには片方の肩にはサラを担いでいた。
「ぐはっ」
致命傷は避けたようだが、男は胸に傷を負った。
好機だと思った僕は、男を斬ろうと一足飛びに間合いをつめた。
明日も更新予定です。




