33 貴族令嬢とのダンスもセーブ&ロード
ケルビンは離れてしまったが、僕は護衛だ。
ところが彼を追おうとする手をサラが急に取った。
「私と踊ってくださらないんですか?」
「僕は王子の護衛で」
「ケルビンは護衛はいらないでしょう?」
その通りだ。ケルビンが苦戦を強いられるような敵が現れた場合、まだ僕では対抗できない。
「そうですね。僕では護衛にならない」
「ん? あ~違います」
サラが笑う。
なにが違うと言うのだろうか?
「騎士様のお仕事は姫の護衛をするものでしょう? ほら」
サラが周囲に目線を向ける。周りに若い貴族男性が集まっていることに気がついた。
「二人で踊れば、離れていきますので一緒に踊ってくれますか?」
なるほど。そういうことか。
「でも僕はダンスの仕方なんかわからないし」
「曲と私に合わせてステップを踏んで頂ければ大丈夫です。すぐに馴れますよ」
もちろん録音された音楽の再生などではなく、実際の人の楽団が生の音を奏でている。
ダンスも出来ていたほうが良いかもしれない。
【フランシス王宮、大ホール。セーブしました】
セーブ&ロードもあるのだし、勉強のために踊ってみることにした。
「ならお願いします」
「ええ」
サラが握っていた僕の手を自分に腰に当てる。そして自分の手も僕の腰を近づいてくる。
少し照れてしまう。
「もう少し力を入れて貰えますか?」
「は、はい」
空いた手を使って二人で合掌を作る。それを型ぐらいの高さに上げた。
同時にサラがステップを踏んで回り始める。
僕も合わせて回りはじめた。
「うん。そうそう」
周りのダンスを見ながら必至に見よう見まねした。
サラのリードの良さもあって何とか形になった。
若い男性貴族達も散っていった。
「でも、話をする余裕はないですか?」
「え?」
どういうことだろうと考えた瞬間につんのめりそうになった。
なんとか体制を立て直すとサラが笑う。
「ケルビンと私の話を聞いて欲しかったんですけど、無理そうですね」
そういうことか。僕も興味がある。
「きっとすぐに話す余裕が……ぐっ」
「ふふふ。期待しています。ジン様」
セーブ&ロードは戦闘だけに有用なスキルというわけではないのだ。
【フランシス王宮、大ホール。ロードしました】
◆◆◆
「とても上手ですね。どこかで踊ったことがあるのですか?」
「サラ様のような方と踊る機会もあるかと思いまして練習していました」
まあ嘘ではない。
「ああ、練習したのですか」
「はい。こういう会で実際に踊ったことはないです」
「夜会に来たことはないと」
「はい」
上手く踊れるようになって気がついた。
周りの若い男性貴族達が恨めしそうに見ている。
「?」
「あの人達が気になります?」
どうやらサラは僕の視線に気がついたようだ。
「ごめんなさい。男よけにジン様を使ってしまったみたいで」
こちらもそれも承知で踊ることにしたとはいえ、なにか異様に批判的な目で見られているような気がする。
「ジン様は知らないでしょうけど、誰かと踊るということは少なくともこの場の相手として選んだって宣言したことになるんです」
意味が上手く咀嚼できなくてサラの顔を見てしまう。
「夜会で踊った二人が結婚することは多いですよ」
「な、なんだって?」
「そういうこともあるってだけですよ」
ロイドから視線を感じる。怖くて見ることができない。
「それとも私と結婚してくれますか?」
サラが怪しく笑う。
「僕は平民ですよ。軍でも騎士ではなく、ただの兵士待遇ですし」
「あら、私は親の力頼みのつまらない貴族の男よりもジン様のような人のほうがいいんですけど」
踊りながら彼女を見る。
踊りに集中することで少し気分を落ち着かせた。
冷静になると思い出したことがあった。
ケルビン王子の周りには女性が来ていなかった。
「王子の周りには女性が来なかった。サラ様だけですよね」
「二国の同盟を堅持するためには彼と誰かが結婚するのが一番だから。でも彼は獣人でしょう?」
そういうことか。貴族の令嬢が蔑まされることもある獣人と結婚して、ビーストキングダムに行くのは苦痛だろう。
「私は獣人でも構わないのだけれど」
サラが僕に言うだけでもなく、呟いた。
どういう意味で言ってるのだろうか。
結婚しても良いという意味だろうか。
「王子もサラ様と踊りたがっていましたよ」
「本気かしら?」
サラは少し寂しそうに言った。
「王子は嘘をいうような人では……」
「もちろん、それは分かっているわ。でも彼はオリヴィアを忘れていないんじゃないかしら?」
オリヴィア。王子の口から出てきた人物だ。
サラも知っている人物なのだろうか。
オリヴィアという人物のことも気になったが、僕には関係ない話だろう。
目の前の女性と王子のことが言葉に出てきた。
「サラ様は王子のことを?」
サラはどうも家の力に頼る普通の貴族の男性が好きではないようだ。
ならば王位にも興味を持たないケルビンはピッタリのではないか。
悪く思ってはいないと思う。
「ジン様は私と踊ってるのにどうして王子を薦めるの?」
やや棘のある強い口調で言われてしまう。
ヤバイ怒らせたか。
「そ、そういうわけでは……」
「ジン様は妻帯者のようには見えませんが、彼女はいるの?」
「えっ。一応います」
「彼女なら別に良いでしょう。手切れ金は私が用意します」
「なっ?」
「私と結婚しましょう」
イヴァの人間世界の権力者がこんなことを言い出したら黒いカラスも白くされてしまうのではないか。
ロードして逃げる手もあるが、一度はハッキリ断るべきだろう。
「自分は彼女を愛していますので」
サラが僕をキリッと睨む。
そしてすぐに笑いだした。
「ウソウソ。冗談です。ごめんなさい」
ペロッと小さく舌を出される。
ど、どうやら冗談だったようだ。
「でもケルビンならジン様のほうが可愛い分良いかなあ」
「やめてくださいよ。焦りましたよ」
「焦った? ジン様って庶民とは思えないほど落ち着いてるけど?」
彼女の目元がまた笑っている。
「そんなことないですよ」
「貴族出だって初めてここに来る人は皆おどおどしてるわ。なんでジン様は平気なの?」
「なんでと言われても……」
サラが身体をさらに密着させてきた。
「俄然興味が湧いてきちゃうわね。あそこで彼女が見てるし」
な、なんだって?
僕の目がクレアを探す。
そこにマチルダ先生とケイだった。
「ケイ、マチルダ先生?」
なぜかジト目で見られている気がする。
「ごめんなさい。彼女さん怒らせちゃったみたいね。でも二人も彼女がいるなんてジン様はモテるのね。二人もいるなら私もいいんじゃないかしら」
「いや言ってることが全部間違ってますよ。別にモテないし、あの二人は彼女じゃないし、サラ様を彼女にするなんて考えられないし」
「どういう意味?」
言っていることがなにもかも間違えている人が凄む。
「いやそうじゃなくてどう考えても身分差があるでしょう」
「私はそんなもの気にしないわ。お父様に許さないなら一緒に逃げるわ」
僕は無視して間違いを指摘することにした。
「一人はタキシードを着ているでしょう。どうして彼女になるんですか?」
「え? あ、え? 本当」
やっと分かってくれたようだ。
「男装をさせるのが趣味なの? いいわよ。それぐらいの趣味は全然構わないわよ」
どうやら二人からジト目で見られながら、僕はまだ踊る必要性がありそうだった。
早い店だと書籍第一巻が本屋に並んでいると思います。
よろしくお願いします。




