31 乗馬を教わる
どうやら僕が夜会とやらを拒否する権利はないようだ。
「明日の夜は夜会に行くとしても昼はなんの予定もないな。お前の家にでも行くか」
「えぇ?」
ケルビン王子はまたとんでもないことを言い出した。
「無理ですよ」
「なぜだ? 友人の家に訪問してはいけないというのか?」
「ケルビン様は同盟国の王子で僕は護衛ですよ」
「微服でいけば構わないだろう? 迎賓館にいると思わせる」
微服か。貴人が人目につかないよう、身なりをやつすことをそういう。
「もしバレたら僕の首が文字通り飛びますよ」
せっかく手に入れた軍籍を失うだけではすまないと思う。
「そうしたら親族でビーストランドに逃げてこい」
「い?」
「重用されているようには見えん。ジンなら歓迎するぞ」
ケルビン王子はビーストランドは力が全てだとか、人間の国のようにややこしくはないとか、楽しげに話している。
全く惹かれないでもなかったが、僕は人の世界を守るために強くなりたいのだ。
「友人のケイとやらも連れてくるといい」
まさか。ひょっとして王子は男でも構わない人なのではないだろうな。
「いやアイツは僕の剣の先生に預けていまして、今はいないと思います」
マチルダ先生に預けていてよかった。
「なに。そうなのか? パレードでの無礼を謝罪したかったのだが」
どうやらそういう趣味でもないようだ。
「先生とは?」
「究源流の剣士でロイド騎士団長の後輩のマチルダ先生です」
「おお、それならば卿を通して夜会に二人を招待しよう」
それならいいかもしれない。夜会なんか縁のない人生を送ってるから二人が来てくれるなら僕も助かる。
「昼間の予定が無くなってしまったな」
夜会まで大人しくして欲しいが、無理なんだろうな……。
せめて微服で街を見るとか言い出さないで欲しい。
「フランシスの御料地は丘陵地帯で景色もいい。馬の遠乗りでもさせてもらおうか?」
「馬ですか?」
「あぁ」
獣人の祖先の一部は騎馬民族で羊などを放牧していたらしい。
当然、騎乗も上手い。
でも僕は馬に乗れない。
軍学校は三ヶ月しかないので配属されてから覚えるのだ。
しかも兵士待遇ではいつ乗せて貰えるようになるかわからない。
「馬には乗れないのです」
「なに? 乗れないのか?」
「ええ。一度も乗ったことなくて」
「なら俺が夜会まで鍛えてやろう」
「ほ、本当ですか?」
それはありがたい。
僕にはセーブ&ロードがあるのだ。
「歩く馬に乗れるぐらいにはなるだろう」
「ありがとうざいます! 是非!」
「おっやる気だな。いいぞ!」
その日、僕は迎賓館に泊まって、翌日、ケルビン王子と草原にいた。
馬はビーストランドから来た従者が引いてくれていた。
「いてっ」
また馬から落ちてしまう。というか、まだ乗ることも出来ていない。
「はっはっは。気をつけよ」
従者の獣人達も笑っていた。
人間と獣人は馬鹿にしあうことも多いのだが、王子に好かれている僕にはそういった蔑みはなかった。僕も獣人に悪い感情は全く無い。
「笑いますけどね~あっさりと馬に乗って駆けられるようになるかもしれないですよ」
「ははは。もし日が落ちる前に駆けることができるようになったらなんでも一つ、ジンの願いを聞こう」
僕の様子を見ればそう言うのは当然だろう。
だが僕にはセーブ&ロードがあるのだ。
僕がはじめて乗る姿を見せて、今の王子の発言の後、ちょうどよいタイミングだろう。
【フランシス王都、御料地。セーブしました】
「もう一度! 乗ってみます!」
「その意気だ!」
◇◆◇◆◇
僕は馬に乗って風のように草原の緑を駆けていた。
「驚いたぞ……まさか本当に一日でこれほどまで上達するとは」
「獣人でもいませんね」
王子と従者の獣人達が驚く。
そりゃそうさ。何百回、あるいは何千回ロードをしたかわからない。
呆気にとられた顔をしている王子の前に馬を止めて僕はニヤリと笑った。
王子もハッと正気を取り戻してニヤリと笑い返す。
「見事だ。先ほどの約束通りなにか一つ願いを聞かないとならないようだな」
「何を頼もうか考えておきますよ」
王子は約束を反故にするようなタイプではない。
プライドに賭けて守るように見える。
凄いぞ! 第二王子とはいえ、どんな願いでも一つ聞いてくれるとは。
「なんでもいいぞ! 遠慮するな! ところでそろそろ陽も陰ってきた。夜会の準備をしなくてはな」
夜会……。嫌なこと忘れていた。
「先ほどの願いの件、夜会に不参加って言うわけには行きませんよね?」
「ダメに決っているだろう! さあ早く迎賓館に戻るぞ!」
いきなり反故にされてしまった。
「ううう」
「それに今日の夜会は少し楽しめそうだぞ」
「え?」
王子は鋭い目をして口角を上げた。
「ジン! 馬に乗って帰るぞ!」
王子が馬に飛び乗って、迎賓館に走らせた。
ロードを使える僕でも着いていくのがやっとだった。
迎賓館に帰る。
「汗とホコリを流したい」
王子が官吏に言った。
夜会に行くのだから当然かもしないが、マナーにも気を使う人なのかも知れない。
官吏達は風呂に案内するようだ。
「何している。お前も来るんだ」
「ええ? 僕もですか?」
「俺の護衛だろ。無防備な場所で襲われたらどうする?」
王子を襲える人がそういるとは思えないのだけど。
とはいえ、日本を経験している僕としてはお風呂はありがたい。
有難くはいることにした。
「ジン! 風呂に剣を持ってくるな! 無粋だぞ!」
「護衛って言ったのに」
胸毛がジャングルのようになっている大男に怒鳴られてしまった。
風呂はホテルの大浴場のようで十分に距離が取れることに心底感謝した。もちろんセーブもしてある。
「いい湯ですねえ」
僕としては最高の湯なのだが、王子はやや不服のようだ。
「ビーストランドは火山国だから温泉も多いぞ」
「へぇ~いいですねえ」
「移住はしなくて良いから遊びに来いよ」
風呂に出ると脱衣所に女官が多くいた。
ぎょっとして前を隠す。王子が言った。
「こいつも夜会に参加する。服も見繕ってやってくれ」
「畏まりました」
目の前の女官さんに動揺した姿を少し笑われてしまった。
僕もタキシードのようなを服を着せられていく。
女官さんに脱衣所に置いてあった剣を預けようとした。
「何故、お前は剣を預けるんだ?」
「え?」
「夜会には剣を持っていけ」
さっきは風呂に無粋なものを持っていくなと言っていたのに。
夜会に持っていくほうが無粋ではないのか?
まあ言われたことには従っておくのが良いだろう。
官吏に案内されて迎賓館を歩いて外に出る。
長い長い渡り廊下があってどうやら王宮に繋がっていた。
なぜ王宮だとわかったのか?
迎賓館にもましてなにもかも巨大で豪奢な作りになっていたからだ。
書籍版の一巻が10月10日に発売になります。




