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30 獣人王子の馬車にのる

「ロイド様。僕は見習い軍人ですよ。護衛と言っても力が不足しています……」


 もし刺客が送られたらどうするのか?


「大丈夫だ。王子を討てるものなどいない。それにお前の力は大きいとマチルダから聞いているぞ。なにかあったときでも露払いなら十分だ」


 確かに王子はロイド以上のツワモノに思える。護衛などいらないだろう。


「そう言われましても。政治や外交のことはなにも」


 イヴァの世界ではどのような政治をしているかなどといったニュースに、日常的に触れることはできない。

 上意下達の税制変更などの他には、庶民には酒場で噂が流れるだけだ。


「王子の外交日程は既に終わっている。非公式なものはあるが公式なものはない。もちろん護衛も侍従もお前だけではない。政治的な心配はいらない」


 なおさら僕がなんのために呼ばれたのかわからない。


「用は近侍として王子の側にいればいいのだ」


 ひょっとして滞在中のただの話相手だろうか。


「まずは王子と馬車に乗って王宮へ入れ。そこまでは私も護衛する。後はお前の仕事だ!」


 ここは軍の宿営なので王宮に移動するということだろうか。

 ロイドはドカドカと大股で歩いて自分の執務室を出ていってしまった。

 王子と二人残される。


「そういうわけなのでよろしくな。ジン」


 どうやら王子は僕の名をロイドに聞いて、さらに覚えたらしい。


「は、はい」

「俺はケルビンでいい」


 ケルビン王子は態度も話し方も気さくだった。


「ケルビン様とお呼びしてよろしいのでしょうか?」

「ケルビンと呼び捨てで構わないのだが、さすがにそれでは第三者に聞かれた場合に君が困ることになってしまうか」


 ケルビンが高笑いをする。

 状況が飲み込めないうちにいかにも事務官らしき人物が執務室に入ってきた。


「馬車のご用意ができました」

「そうか。ではいくぞ。ジン」


 ケルビン王子が先を歩く。ともかく僕は護衛になったのだ。付いていくしかない。

 宿営の外には馬車が泊まっていた。

 隣に座れという意味だろう。ケルビン王子が自分が乗り込んでから詰めてスペースを開けた。

 パレードの馬車と比べると大分小さく、王宮まで派手に移動するというわけではないようだ。

 馬車が動き出す。


「卿に会うのを楽しみにしていたんだが、それほどの男でもなかったようだ」


 ケルビン王子が何事かつぶやく。

 独り言なのか僕に言ったのか。

 どうやら後者の方だった。


「ははは」


 彼は笑いながら馬車の客室の窓から見える馬に乗った騎士を見る。ロイドだった。

 同じような気持ちは感じていたが、肯定することは立場上難しい。

 けれど否定も嘘になる。


「人のなかで最強の剣士です」

「ふむ。赤剣老主はどうなのだろうか」


 内心焦ったが、一般論としてロイドよりも強いといわれる人物について口にしただけで、僕に赤剣老主のことを聞いたわけではなさどうだった。


「それよりも君は勇者だな」

「はい?」

「君が勇者だと言ったんだよ」

「僕が人類に敵対する魔族の王や一部のドラゴンを倒そうとするなんてとても」


 いずれはと考えたこともあるが、現時点ではと絶対に無理だ。


「ローレアのような人間も勇者だが、勇気のあるものが勇者だろう」


 言っている意味がわからない。

 それが顔に出ていたかもしれない。


「パレードで私から奥方を守ろうとしただろう」


 ああ、そういうことか。


「君なら俺の強さもわかるはず。しかも、俺は権力者でもある。つまり勇気ある者だ。我々獣人は勇気ある者を尊ぶ」

「勇者と言ってくれるのは嬉しいんですけどそんな大したことではないですよ。王子が横暴をするとは思っていませんでしたから」


 さらにセーブ&ロードもあるが、噂に名高い獣人の王子に褒められるのは嬉しくもある。


「それに奥方って」

「ん?」


 最初はクレアのことを奥方と言っているのかと思ったが、ケルビン王子はケイを見てオリヴィアと言った。

 ケイはまた女と勘違いされているんじゃないだろうか。


「ロングの女のほうじゃなくて?」

「いや君の後ろに隠れたショートカットの……」


 間違いない。ケイだ。


「ケイは男ですよ。ロングの女の子とは付き合ってるんですが、王子がオリヴィアさんって人と間違えたケイは男です」

「な、なに? まことか?」


 馬車の中で立ち上がらんばかりの勢いだ。

 それほど大きくない馬車の客室なので確実に王子は天井に頭をぶつけてしまうだろう。

 護衛として怒られないだろうか。


「落ち着いてください。一緒に住んでいるから間違いないですよ」


 王子はまた馬車に座り直した。


「男ならもう少し男らしていろと言っておけ!」


 それには少なからず同意だった。

 馬車の前面にある窓から日本にいた時にテレビで見たヨーロッパの城のような建物が見えてきた。

 王宮に着いた。

 何十人もの官吏やメイドが迎えが来ていて王子はそれににこやかに挨拶する。

 既にロイドはいなくなっていた。


「こちらでございます」

「うむ。大儀ないぞ」


 随行するメイドや官吏の後ろからついていこうとしたが。


「おい! ジン! なにをしている側におらんか!」


 ケルビン王子に呼ばれて隣に行かなくてはならない。

 僕だけどう見ても浮いている。

 官吏の一人が僕の剣を預かろうとした。

 王侯が出入りする場所に帯剣は確かにできないだろうと預けようとする。

 それをケルビン王子が止めた。


「そいつは私の護衛の剣士だ。剣が無くては護衛ができぬ」


 官吏はしぶしぶ迎賓館だからと許可した。

 立派な建物だから王宮と思ったが、外国の要人を招き入れる迎賓館だったらしい。

 案内された客室のソファーに王子はドカリと座った。


「なにをしているお前も座ればいい」


 ケルビン王子が対面にあったソファーを指差す。


「え? 僕は護衛ではないのですか?」

「俺に護衛などいらない。客人として呼んだに決まっておろう。さあ早く座れ」


 何人かの官吏とその三倍はいるメイドが付かず離れずの位置で立ち尽くしているので座りにくかったが、言う通りにした。


「公式な予定はもうほとんどない。帰るまで付き合ってくれるんだろう?」

「えぇ?」

「今日は社交界の夜会もある。お前もタキシードを来て出席するといい」

「僕は護衛ですよ」

「お前は俺の友人なのに一人でつまらない場所に行かせるつもりか」

「えええ?」


 客から勝手に友人にされてしまった。


「つまらないなら行かなければ?」

「ははは。ジンはなかなか勇気があるな。同盟国の使者が来たと開いてくれる夜会を主役が行かないのか。お前の国と私の国が揉めたらどうする」

「うっ。しかし僕はただの戦士で。粗相をしてしまいそうです」

「本当はケイとやらも呼んでドレス姿を見ようとしたんだが、男ではなあ」


 ケルビン王子は相変わらず人の話を聞いていなかった。

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