3 セーブ&ロードを交渉に使え!
「まさか君が【全鑑定・上】だったのか。先に神殿から出てきた若者達が噂してたぞ~」
「そうですか」
スネイルが遠慮がちに返事をする。
僕達を王都まで案内してくれた役人さんは神殿の前で待ってくれていた。
「なんでも誰かが【盾防御・極】まで出したらしいな?」
「実はそれ僕です。たまたま持っていた盾スキルと上手く重なったみたいで」
「な、なんだと!? 君達の村は優秀だなあ~」
役人さんの言葉にイアンは少しだけ嬉しそうな顔も見せたが、はしゃぎはしなかった。
僕を気遣ってくれたのだろう。
「そういえば、スキルを二つも手に入れたのにゼロ能力者になってしまったものもいるらしいな。かわいそうに」
「……それが僕です」
「うっ。そうだったのか。すまん」
「いえ。役人さんはなにも」
役人さんがコホンッと咳払いをする。
「君達なら、いや君達二人なら騎士団にも入れだろう。今我がフランシス王国は魔族と戦っていることは知っているだろう?」
「もちろん知ってますよ。僕はハーゴ村の10年前の惨劇の生き残りですから」
「そうだったのか……何度も迂闊なことを言ってすまん……」
「もう昔のことですから」
ハーゴ村は10年ぐらい前に魔族に襲われた。
その時、生き残ったのが僕とレイア義姉さんだ。
スネイルもイアンも後から来た移民でそのころは村にいなかった。
ともかく今度こそ僕は村を守るんだ。女神から授かったセーブとロードで。
「私は役場にいるからな。帰る際には呼ぶといい」
少しずつ馬車が離れていった。
スキル獲得のために辺境から王都に出てきた若者は見学をしてから帰るのが通例になっている。
もちろん僕らも見学をしてから帰ることは既に伝えていた。
いや見学ではない。馬車で語っていた夢を実現するチャンスが二人にはやって来たのだ。
「二人は王都騎士団の宿営に行くだろ?」
「で、でもさ。それは三人で行くって約束だったじゃないか?」
僕はスネイルの肩に手を置く。
「ここでお別れだ。夢を追える二人は追ってくれよ。イアンもだ。お前は王都騎士団に確実に入団できるんだしな」
「すまな……いや、ありがとう!」
「僕が村に帰る時は必ず二人に会いに行くから。二人は村の親あての手紙でも書いといてくれ。届けるよ」
「ああ。またなっ! ジン」
「また!」
「じゃあな~二人とも」
こうして僕は二人と分かれて一人で王都を歩きはじめた。
【セーブ】と【ロード】を持って。
このスキルを使って必ず強くなるんだ。
「でも同時に冷静にならないといけない」
経験上、このスキルには致命的な欠点もある。
間違ったところでセーブすることだ。
例えば、絶対に倒せない、逃げられない敵の前でセーブするなどは最悪だ。
あるいは事故の寸前なども許されないだろう。
セーブ&ロードのことを考えながら、僕は人通りが多い方、多い方へと歩いていた。
そして大通りの窓越しに鎧が並んでいる店を見つける。
「あった。防具屋だ」
目的もなく歩いていたわけじゃない。
結局はいつか戦いの場でもスキルを使わないといけないのだ。
何の緊張感もない場所でセーブを使っていると、気が緩んでいざという時に危険なセーブをしてしまうかもしれない。
だったら防具屋を使って感覚を養おうと思ったのだ。買いたいものもある。
僕はスキルを使おうとイメージしながらついにそれを言葉にした。
「セーブ」
すると脳内にゲームのようなウィンドウが出た。
【フランシス王都、ギースの防具屋前。セーブしました】
できた。感覚的にわかる。間違いない。あの懐かしいセーブができたのだ。
窓越しに並ぶ鎧を見ながら僕はドアを開ける。
カウンターの向こうにはスキンヘッドの筋骨隆々な男がいた。
頑固そうな人だ。ちょうどいい。
「こんにちは。ギースさん」
「あん? 俺に鑑定スキルでも使ったのか? それとも誰かから俺の名前を聞いたのか?」
この店は看板もなかった。
名前を知ったのはセーブスキルのウィンドウでだ。
「ふざけたことするなよ。鑑定スキルなら商品に使え」
おっかないけど怒らしたのは半分わざとだ。
僕は黒光りする盾を手に取る。値札はついていない。
「良い盾だね」
「ガロアのドワーフが鍛えた鋼だ。お前にはもったいねえから触んな」
良い情報を聞いた。
ガロアは鍛冶が得意なドワーフの村があることで有名だ。
やはりこだわりの店なのだろう。
「これっていくら?」
「5000でなら売ってやるよ」
レイアが僕に持たせてくれたお金は1500ダラルある。
思いっきり値切ることになるけどちょうどいいだろう。
「1500ダラルにしてくれ」
「お前、ふざけてんのか?」
商品の値引き要求はいつも緊張感がある。
自分の商品にプライドを持っていそうな人から値引きしてもらう時は尚更だ。
スキルを試すのにはちょうどいい。
「真面目だ。1500ダラルで売ってくれ」
「帰れ! お前のような防具の価値がわからねえ奴は二度と来るんじゃねえ!」
ギースがカウンターから出て僕の方にやってくる。
そろそろ良いだろう。
「ロード」
【フランシス王都、ギースの防具屋前。ロードしました】
僕は窓越しに鎧が並ぶ店のドアの前にいた。
店に入るとやはりカウンター越しにギースがいた。
やった! セーブ&ロードは僕が思った通りのスキルだ。
挨拶もしないで例の盾の前に行く。
「良い鋼の盾ですね。ドワーフが作ったガロア産ですか?」
ギースが驚いたように目を開く。
「兄ちゃん、よくわかんなぁ! 鑑定スキルじゃ防具の質の良し悪しはわかっても、産地まではわかんねえのによ!」
スキルの道具鑑定を実際に見たことはないが、僕もそのように聞いていた。
「さては兄ちゃんは相当な防具好きだな~」
「いえ、実は……」
僕はギースさんに自分がゼロ能力者になって、友達が【盾防御・極】のスキルを得たことを話した。
そして別れる前に良い盾を贈りたいことを伝えた。
「イアンもスネイルも僕に負い目があると思うんです。だから気にすんなよって良い盾を」
「なるほどな。そんなことがあったのか。ゼロ能力者なんか関係ねえ。こういう良い防具は兄ちゃんみたいのに買ってもらいてえな」
ギースさん本人に教えてもらった知識を披露するだけで、こんなにも違うのか。
いや、ギースさんは見た目は怖いけど人情家なのかもしれない。
「ただ貧しい村から出てきたからお金はあまりないんです。この盾は5000ダラルぐらいしますよね。とても買えないです」
「ははは。5000なんかしねえよ。舐めた客にはそれぐらいふっかけるけどな。本当は4000だ。いや兄ちゃんなら3500でもいいぜ。どうだい?」
僕は1500しかない。だがあえていった。
「3000ダラルになりませんかね」
「お前、名前なんて言うんだ?」
「ジンです」
「ジンか……いいぜ。俺も男だ! 2500で売ってやる!」
それを聞いて僕はロードした。
所狭しと防具が並んでいた店内から、また太陽がまぶしい王都の大通りに立っていた。
ギースさんは鋼の盾を2500ダラルにまで下げてくれることがわかった。
後は……次の店を探したい。
幸い陽が落ちてもその店はやっている。
「どこだろう? カジノは」
王都にはあると聞いている。
セーブ&ロードを学びながら活用するのにカジノほどおあつらえ向きの場所もないだろう。