27 悪魔に会えば悪魔を斬り、天使に会えば天使を斬る
僕はまず日本に来た時のことから話しはじめた。
「日本て国は凄い国でさ。身元不明で日本語が話せない僕でも大切に保護されたんだ」
「保護されたって日本の貴族に?」
ケイの質問はイヴァの世界の幸運だろう。
そんな子供が居たらイヴァの世界の普通は農奴として売られる。
いや、それすらも幸運か。野垂れ死にが一番多い。
老主の赤風教団が近くにあれば……拾って貰えるだろう。未来の兵隊として。
「違う違う。日本に貴族なんていない」
「貴族がいない!?」
「一応、昔からの家柄で象徴になっている方はいるけど皆平等だよ。もちろん貧しい人も富める人はいるけど平民が貴族を殺したら一族死刑で逆は許されることもあるなんてことはない」
「そうなんだ」
「だから僕は国の孤児院で生活してたんだ」
「それは苦労したんだろうね……」
ケイは勘違いしている。
確かにイヴァの孤児院は教会が貴族からの寄付を集めるために申し訳程度にやっているようなところだろうけど。
「天国みたいなところさ。三食暖かいご飯が出てベッドで寝れる。それどころかお風呂もあるよ。お菓子だって出る時がある」
「フレンチトーストよりも美味しいお菓子がでるの?」
そうは言ってないけど。
「それどころか……学校にも連れっててくれる。学校では親のいる子供と一緒に勉強するんだ。差別はないよ」
「軍学校に入れられて兵士にさせられるとかじゃなくて?」
「日本に軍隊はない。一応それっぽいのはあるけど」
「えええええ!? 名目じゃないの?」
「名目か。鋭いと言えば鋭いけど……本当に防衛力はあるけど侵攻能力はないみたいなんだ」
「ど、どういうこと?」
「ま、まあ話がそれるから。ともかく日本の孤児院は全然悪くない。まあ一緒に入ってた日本人の子供はこの場所は自由がないとかも言ってたけどね。だけどイヴァの開拓村で生活していた僕にとっては天国みたいなところだったよ。キツイ労働もないしね」
「お菓子があってお風呂にはいれて学校があって労働がない。貴族みたいじゃないか?」
「そうだね」
さらに言えば、僕が時たま話すイヴァの話も孤児院の子供、いや仲間達はバカにしながらも蔑むことはなかった。
彼らも自分で親を捨てたとか、本当は御曹司だとか、そんな話をしてバカにしあったものだ。
「僕は日本語を喋れるようになって、日本の生活に慣れていった。でも学校の体育の時間は馴れなかったな。日本人とイヴァの人族では身体能力が全く違っていた」
「日本人って凄いの?」
「逆さ。学校の体育の時間なんかは目立たないように大分抑えた」
「まあこっちでもジンは売り出し中の剣士だもんね」
クレアが笑ったが、そんなもんじゃない。本気を出したら複雑な技術を必要としない個人競技ならすぐにメダルが取れるだろう。
「それでも身体を動かす遊びは楽しかったな」
「女の子にモテそうだもんね」
ケイが爽やかな笑顔で言った。だが声はなにか冷たい。
「ま、まあ。孤児院の子供は建物のなかでゲームをしてるヤツもいたんだけど、僕はもっぱら外で身体を動かす遊びをしていた」
外で身体を動かす遊び、つまりサッカーだけど、そう言ってもわからないだろう。
「ゲーム?」
おう。サッカーもわからなければゲームもわからないか。
「えっと家でやる遊びなんだ。テレビ……もわかなんないよな。なんていうか。そうだ映像の人形が出てきてさ。それを自由に動かせるんだ」
「どうやって?」
「ちょうどフレンチトーストを出した小皿ぐらいの操作盤でね」
クレアが聞いてきた。
「よくわかんないけどお皿を手に持って映像の人形を操作する遊びってこと?」
「おお! そんな感じ、そんな感じ!」
ケイが変な顔をする。
「そんな遊び面白いの?」
「よく聞いてくれました。僕も最初はケイと同じように思ったんだけど、すっごく面白くてさ。外で遊ばなくなってゲームばっかりしてた」
イヴァの世界でゲームの話ができるとは思わなかった。
「色んなのがあってさあ。かみきりむしの夜だろう、梨鉄だろう、ゾンハザだろう、ワルオだろう、モンツクだろう」
僕はそれぞれのゲームの面白さを語り尽くした。
「わかった、わかったよ。なんか外で遊んでいたほうが健康的に思えるけど……」
イヴァでもそう思うのか。日本でもオタクになったとか言われたし。
「そのゲームがどうしたのさ。どうして日本は滅んだのさ? 皆がゲームをやるようになって滅んじゃったとか?」
「まさか。あくまで遊びさ。日本が滅んだこととゲームはもちろん関係ない。ちょうど僕がラストファンタジーというゲームにのめり込んだ頃に滅んだのさ……」
そういえばラストファンタジーは少しだけイヴァに似た世界観だった。
人族がいて魔族がいて竜族やエルフ・ドワーフもいる。あのゲームで【セーブ&ロード】の価値を知った。
ケイが聞いてきた。
「どうやって滅んだのさ?」
「どうやって滅んだかは僕にもわからない」
「えええ?」
そう。僕にもわからないんだ。どうやって滅んだかは。
「ある朝起きたら日本が一面瓦礫の荒野になってた。荒野というかえぐられた大地だ。孤児院の場所だというのだけは辛うじてわかった。でも僕は無傷だったんだ」
クレアが真剣の表情だ。
「魔法部隊による攻撃ではないのよね」
「地球には魔法はない」
「そう言ってたよね。剣や槍や弓の奥義?」
「そんな範囲じゃないよ。視界はすべてえぐられた大地だった」
クレアがワンテンポおいた
「その地球って車とか飛行機とか凄い科学技術だけどそれを応用した武器ってことはない」
クレアは相変わらず鋭い。
「実は日本というか地球にはそれを実現できる武器……兵器はある」
核兵器だ。だけど。
「あの平和な日本がそんな兵器を使われる状況だったんだろうか? 確かに周辺には変な国もあったんだけど……急にそこまでするとは思えない。それに僕だけ生き残ったのはわけがわからなかった」
「それからどうなったの?」
「歩いたさ。誰か生きてないのかって探してね」
クレアとケイは黙って聞いていた。
孤児院の先生や仲間が誰か一人でも生きてないかって。でもすぐにわかった。ハーゴ村の時と同じだ。
こうなった原因はわからないけど誰も生き残っていないだろうと。
「歩いて歩いて……でも何もない荒野だった。水も食料も何もないし倒れたよ。そしたら……」
「そしたら?」
クレアが詰まった僕の話を促す。
「……天使が降臨したんだ」
「天使? 天使ってなに?」
「ああ、そうか天使も悪魔も知らないんだったな」
イヴァの世界の魔族は人間のような姿のものもいれば、悪魔のような姿をしたものもいる。
「地球の宗教に天使と悪魔っていうのがいるんだ。悪魔は魔族みたいな感じかな。天使は文字通りイヴァで言うなら女神レイアの使いみたいな感じかな」
「レイア様の使いが目の前に?」
「ああ。羽が生えて光っていた。忌々しいことに逆光で顔は見えなかった」
「忌々しい? 女神様の御使いが?」
あんな忌々しい存在があるだろうか。
「言ったんだ。天使が……」
「言った。なにを」
「〝この世界の役目は終わりました。アナタはイヴァの世界に帰りなさい〟ってね。その瞬間、僕は理解したんだ」
「そ、そんな……ひょっとして」
「ああ。日本を滅ぼしたのはコイツだとね」
クレアもケイも沈黙していた。
「光りに包まれて気がつくと数年ぶりに懐かしいハーゴの村に戻っていた。空気が本当に美味かったよ。飯は日本のほうが美味かったけどね」
「……でも天使はなんで日本を滅ぼしたの?」
沈黙を破ったのはクレアだった。当然の疑問だろう。
「さあな。全然わからないよ。僕だけをイヴァに戻したのかもわからない」
「それでジンはどうして強くなりたいのさ」
ケイが恐る恐るといった様な様子で聞いてきた。
「ハーゴ村を滅ぼした魔族も日本を滅ぼした天使も斬る!」




