26 日本の料理を食べたら信じるしか無い
「えぇ? 異世界?」
早くも正座が我慢できなくなってベッドの端に足を投げたして座っていたケイがいぶかしげな顔をした。
笑われはしなかったが、ケイにとっては異世界という単語はいぶかしいようだ。
「そ、そうだよ。姉さんと村の廃屋に隠れたんだ。でもモンスターを率いる魔族に見つかってしまった」
異世界と聞いていぶかしげな顔をしたケイが緊張した面持ちになった。クレアもだ。
イヴァの世界の人はモンスターや魔族に殺されているものも多い。
日本で例えるならヒグマのようなものだ。
「あの頃、僕は子供だった。村の大人も殺されてもうダメだと気がついた時には僕はこの世界とはまったく違う異世界にいたのさ」
クレアとケイが顔を見合わせる。
「ホントかな。ボクをかついでるんじゃ」
クレアが少し微笑む。
「私はジンを信じるわよ」
「ありがとう」
僕はケイを見た。
「うっ。信じてないわけじゃないけど異世界ってなんなのさ?」
「イヴァとは違う世界さ。僕は日本って国に転移した」
「つまりハーゴ村がモンスターに襲われて全滅した時にジンだけ地球ってところに転移して助かったと?」
「うん。レイア義姉さんも助かったけどね」
僕の出身のハーゴ村は魔族領が近い。
貧しい農民が開拓民として入植してできた村なのだ。
それでも自分の土地を持たせてくれるとかそんな名目で入植するものは後を立たなかった。
死んだ両親もハーゴ村に入植して僕を産んだ。
だがそういった村は何度もモンスターや魔族に滅ぼされている。
僕も子供の時にそれを体験することになったわけだ。
「姉さんもゼロ能力者なんだ。【テンイ】ってスキルを持ってて誰も意味がわからなかった。いや今でも正確な能力も発動条件もわかってない」
姉さんのスキルが成功したのは後にも先にもあの時だけだという。
僕が姉さんについて話す。クレアが聞いてきた。
「つまりレイアさんのスキルでジンは日本ってところに行ったってこと?」
「そういうこと」
「……」
二人が静かになる。
こんな話を聞かされても笑うか黙るしかないだろう。
スネイルやイアンには大笑いされた。
ちなみにあの二人は僕が日本から帰ってきた後に家族で入植してきた。
「日本ってどんなとこ?」
「ジンとお義姉さんのスキルはどうなってるんだよ」
どうやらクレアとケイは、スネイルやイアンとは違うようだ。
後々話さないといけなくなるだろう僕と姉さんのスキルの話は置いといて、クレアに懐かしい日本のことを話した。
「日本は最高だよ」
「どんな風に?」
「ともかく平和だよ。魔族もモンスターもいない。竜族もいない。ドワーフもエルフもいなかった。知的な生物は人族しかいないんだ」
「えええ?」
数の少ないマイナーな種族まで入れれば、イヴァの知的生物の種類は百を超えるかもしれない。
クレアやケイにとって、それがいない世界は驚くべきことなのだろう。
「魔法もない」
「魔法がないの? 使える人が少ないとかじゃなくて?」
「あぁ。いないんだと思う。代わりに科学技術や文化が発達している」
僕は日本のことを思い出しながら車や電車、飛行機などといった移動手段や携帯電話やインターネットといった通信や情報取得手段、家やビルといった建築物について話した。
二人は目を丸くする。
「嘘だとしても、ジンの発想が凄いよ」
「だから嘘じゃないって」
「ご、ごめん」
疑っていたケイですら今は真剣に聞いている。
どうやら日本の文明の話は仮に空想であったとしてもイヴァの人には凄い話らしい。
スネイルやイアンにもここまで詳しく話していなかった。
話せば信じてもらえたかもしれない。
「ご飯も美味しくてさぁ」
クレアがはっと思いついたように聞いてきた。
「たまにジンが私に教えながら作ってくれるご飯ってひょっとして日本の?」
「そうそう」
「変だと思ってた。私達出身地方が同じなのに見たことのない料理だもの」
「美味いだろ?」
クレアが首を縦にブンブンと振る。
「嘘でしょ。ジンが料理をして、しかも美味しいなんて」
「あ、また疑うのか?」
ケイは信じないようだ。
まあケイが来てからは、僕は料理を作っていない。
「だってイメージできないよ。剣バカのジンが美味しいご飯を作れるなんて」
「じゃあ見たこともない美味しい料理を作ったら異世界転移も信じるってことだな」
ケイが目をぱちくりさせる。
「確かに。理論的にはそうなるね」
「じゃあ作ろう」
ちょうど夕飯時だ。座っていた二人が立上がる。
賛成のようだ。
「ボクが知らないような料理だよ」
「はいはい」
イヴァの人が知らないような料理か。
「クレア~今日は食材なにあるの?」
「パンと鶏肉と卵とジャガイモと~」
「牛乳と油もあったよね」
「うん。ひょっとしてアレ作るの?」
「そうそう」
クレアはなにを作るかわかったようだ。
ケイが不満気に口を膨らませた。
「ボクを蚊帳の外にして楽しそうだね。でもクレアさんも知っている料理じゃ異世界のものかわからないじゃないか?」
そりゃそうか。
「ならクレアが知らないものも作る。材料が一つ足りないから買ってくるね。クレアはアレの準備してて」
「私がまだ食べたことにない料理まで作ってくれんだ! 楽しみ~。はーい」
クレアの返事を聞きながら僕は食料品店に向かった。
買い物をして帰ってくるとケイがクレアの調理に驚いていた。
「ちょっちょっとこれじゃあ油でびちょびちょになっちゃうよ」
「これでいいの」
「え? お肉をどうして小麦粉にまぶすの」
「いいからいいから」
よし。僕は僕でクレアの知らない料理を作りますか。
◆◆◆
「唐揚げっていうの……めちゃくちゃ美味しい……」
「でしょ?」
「はふはふっアツッ」
ケイが美味しそうに唐揚げを頬張っていた。
「お肉に小麦粉をつけて熱した油の中にいれるなんて変な料理なのに」
「ジャガイモを油に入れた料理も美味しいよ。揚げるっていう調理法なんだけどね」
イヴァの世界の料理法は焼く、茹でる、蒸すはあっても、油で揚げるという料理法はない。
ケイがフライドポテトを口に入れる。
「外は熱で固まってるのになかはほこほこしている……」
「フライドポテトだ」
「美味しい……う、ううううう。まだ! 最後の料理を食べてない!」
クレアもこれは食べたことがない。
「パンを焼いたもの?」
「そうそう」
「美味しそうね。頂きます」
「待った。せっかく走ってこれを買ってきたんだから」
僕は小さな小瓶を取り出した。
「あああああああ。それ蜂蜜?」
「そうだよ」
「そんなものどう食べたって美味しいじゃん! ずるいよ!」
甘いものが少ないイヴァの世界では蜂蜜はかなり高価な貴重品だ。
唐揚げとフライドポテトに満足気だったケイがまた顔を膨らませる。
「いいからいいから。それの上に蜂蜜をかけて食べてみなよ。本当に美味しいからさ」
「う~」
クレアは早く食べたかったようでケイを適当になだめて、料理を口に入れた。
「おいしいいいいいいいい!」
クレアの反応に、ケイは冷ややかな目を向けた。
「パンに蜂蜜かければ、こんな変な料理にしなくたって美味しいよ」
ケイも一口食べる。
その瞬間、ケイが目を閉じて上を向いた。
「ケイ?」
返事がない。どうしたんだろう?
「お、おい。大丈夫か?」
「話しかけないで」
「は?」
「ううう。パンからじゅわっと出てくる牛乳と蜂蜜の甘さを味わってるのに」
「ははは。フレンチトーストっていうんだけど美味いだろ?」
フレンチトーストは女の子が好きなスイーツみたいなもんだからな。
クレアにもケイにも大好評だった。
ケイは男だけど。
「どうだ。フレンチトーストも美味かっただろ。パンに蜂蜜かけただけと言ったのを反省するか」
「ううぅ。反省します」
「異世界の料理だって信じる気になったか?」
「これはもう……信じないわけにはいかないね」
やっと信じてくれたらしい。
よかったよかった。
ところがケイがまだ訝しげな顔をしている。
まだなにか疑っているんだろうか。
「それでどうしてジンはいつも剣、剣、剣。自分の体を傷つけてまで強くなりたいって言ってるのさ?」
「へ?」
「だから平和で凄い科学が発展しててご飯も美味しい日本に行って、どうして強くなりたいと思ったの? というかどうして日本から帰ってきたのさ」
「あっ」
すっかり忘れていた。
そもそもケイにはどうして強くなりたいかを聞かれていたんだった。
日本の話を信じさせるために肝心のそれを忘れていた。
日本のことも強くなりたいと願う理由として話していただけなのだ。
「実はその平和だった日本も滅んだんだ……」
「え?」
ハーゴの村が襲われた事件と同じ調子で、僕は日本で起きたことを語りはじめた。




