22 魔法剣士伝説
窓から見えた青空がまぶしい。今朝は快晴そのものだ。
最近、クレアが手伝いはじめたパンを焼いた良い香りがする。
ところがケイは清々しい朝とは真逆の不満気な声を出した。
「バター取って……」
「はいよ。ところでなんで朝からケイは不機嫌なのさ?」
「別に不機嫌じゃないよ……」
とてもそうは思えない。
まあケイの場合は怒っていても怖いというよりは可愛いのだが。
クレアがケイに気を利かせて提案した。
「やっぱりベッドが狭かったかしら? ジンなんとかしてあげたら?」
「でも配属が決まるまでたった一週間だぞ。ベッドを買うほどじゃないしなあ。布団買ってやろうか?」
パンを咥えたケイに見つめられる。
これで睨んでいるつもりなのか。
「そしたらケイは一人で寝れるからいいじゃんか?」
確かにクレアが言うように三人で寝るのは狭い気もしていた。
一日ぐらいだったらいいけど一週間は辛い。
ケイはお坊ちゃんでやっぱり広々としたベッドでしか寝れないのかもしれない。
「いい……三人で寝る……」
「ええ? だって狭くないか?」
「わ、わかったよ。俺とクレアが布団で寝るから」
「いらないっ! 三人で寝るの!」
「そうか」
クレアを見ると困ったように苦笑いしていた。
結局三人で寝ることになってしまう。まあいいか話を変えよう。
丁度いい。朝食の雰囲気のなかでケイが狙われている理由をそれとなく探ってみる。
「ところでケイって結構お坊ちゃんだったりするのか?」
「ボクが? なんで?」
なにを言っているんだという口調で聞き返されてしまう。
直接聞きすぎたのだろうか。
「いやなんとなくだけどちょっと潔癖っぽいし。どこ出身?」
「ボクはセウダの街だよ」
「え? 本当?」
僕が驚いたのはセウダの街とハーゴ村はかなり近いからだ。
大きな買い物をするのはセウダの街に行くことがある。王都よりも低いが街壁もあって軍の進攻も防げるようになっている。
「ひょっとしてオルハ伯爵家とか?」
フランシス南部のアンダリア領をおさめている伯爵がオルハ家だ。
魔族領と接しているために領地運営は難しい。オルハ伯は領主としての人気も高い。
セウダの街も開拓村ハーゴ村も交易商の集うクレアのサンタバ村もガリア地方なのでオルハ伯が治めている。
「ぷっ。ジンなに言ってるの? セウダの街に住んでいれば伯爵家の人なのかい。あははは」
そりゃそうか。笑われてしまった。
「僕の家は革細工職人だよ」
「革細工職人か。そりゃ儲けている職人もいるって話だけど……お坊ちゃんとは程遠いな」
「ジンの家だって前に聞いたけど農家だろっ!」
両親が健在だったときも開拓農民。死んでからは小作農だ。
「返す言葉もない。由緒正しき貧農だよ」
この時代のこの国では貧農などありふれているし恥じ入る必要はない。
それゆえ戦闘系スキルを貰って騎士団に入りたがる若者が多いのだ。
出世すれば家族ごと王都に呼ぶことだってできるほどの収入になる場合だってある。
「でもなんでケイは辺境偵察団を志望しているのさ?」
「それはジンと同じ理由なんじゃないの」
フランシス南部のアンダリア領は魔族領と接しているため魔族の侵攻がちょくちょくある。
オルハ伯爵家の私軍もあるが、そのための最大の矛と盾が辺境偵察団なのだ。
「お父さんの住む街を自分で守りたいんだ」
「へ~お父さんが好きなのか」
「うん! 男手一つで育ててくれたからね。大好きなんだ」
男手一つ……なにかの事情があるのか母親はいないようだ。
もう何度も思ったことだが、ケイは本当に男なのか。
16にもなってお父さん大好きという女の子のようなセリフだった。
まあ本人が男だというなら男なんだろう。嘘をつく必要なんかないし。
それにお父さんや革細工の話をクレアに楽しそうにしているケイが嘘をつくようには思えない。
やはり老主の勘違いではないだろうか。
「赤剣老主め」
「赤剣老主? 赤風教の教主のことかい。ジンは急になに言ってるのさ?」
「あ……」
つい呟いてしまった。
会ったことはまだ話さない方がいいと思う。そもそもケイが命を狙われていてその理由が王室の関係者だという推察は赤風教徒と赤剣老主の曖昧な話が元になっているのだ。
言い訳を考えていたらクレアが助け舟を出してくれた。
「ほら。ジンは剣バカじゃない」
「あ~そういうことか」
赤剣老主には莫大な賞金がかかっていることもあるが、それ以上に彼を倒せばそれはすなわち人間としては当代最強の剣士の称号を得ることと同じだからだ。
つまり全ての剣士はいつか赤剣老主を倒すことを夢見ているのだ。
「赤風教潰しなんてしたら絶対に死んじゃうよ」
ケイの言う通りだろう。
老主や赤風教徒は赤風教を倒そうと目指した名だたる剣士を返り討ちにしてきた。
以前の僕は最強を目指す剣士としていつか赤剣老主を倒すことを当然のように夢見ていたが、今はほとんどそんな気はなくなっている。
赤風教はどちらかというとフランシス王国の北部地方の問題で南部のガリア地方では魔族こそが問題だった。
それに老主は極悪人だったが、個人的に恩が無いとも言えない。極悪人だけど裏がない悪人のようにも思えた。
最強の称号を目指すにしても、魔族に苦しめられているガリア地方出身の僕にとっては魔族の剣士ロード・ベルダーを倒すほうがスッキリする。
「魔法剣士バイネンでもないんだから。ジンは赤風教と戦おうとするなんてダメだよ」
ケイはその気のない僕にまだ赤風教と戦うなと止めていた。
魔法剣士バイネンか……。
バイネンは史上はじめて魔法と剣を融合させた。
老主は赤風教徒を引き連れてバイネンの道場に乗り込み、魔法剣の秘密を教えろとバイネンに迫った。
当初、圧倒的に強いと思われた老主とバイネンは互角の戦いを繰り広げた。
大勢の弟子が見守るなかで二人は奥義を尽くして戦ったが、勝負はつかなかった。
弟子同士の争いになりかけた時に二人はそれを止めて、今度は弟子を連れずに本部に命を取りに行くと約束しあって退いた。
だが、その約束が守られることはなかった。
「バイネンが病気で死ななかったら赤剣老主は敗れていたかな」
バイネンは老主との決着を付ける前に病気で死んでしまったのだ。
「知らないよ。ボクはジンのような剣バカじゃないからね。でも世間ではバイネンが生きていればって言うよね。弟子のテイルもいるしさ」
「老主は極悪人だけど剣の強さは本物だよ」
老主はバイネンの訃報を聞いて泣いたという噂がある。
考えてみればバイネンは長く病にふせていたのだから道場を再び訪れれば簡単に勝てたはずなのだ。
噂は本当かもしれない。
ちなみに剣と魔法の融合に成功したのは多くのバイネンの弟子のなかでもテイルという若い天才だけだった。
テイルはいつか赤剣老主を討つと言って武者修行の旅に出た。その道中で彼は隣国の街を襲うドラゴンを退治した話が伝わっている。数年前の話だ。それ以降の足取りはわからない。
「ジンは赤風の剣のほうが上だっていうの? ボクは火魔法が使えるからバイネンの剣と魔法の融合のほうが上だと思いたいなあ~」
「いいね。その意気だ」
「え?」
「パンを食べ終えたら軍学校行こう」
「なんで? ボク達卒業したじゃん」
「剣の訓練だよ」
「ああ、そうだよね。またジンから剣を教わるの楽しみだな」
フフフ。軍学校でイロハのイを教えたときみたいに甘くないぞ。
僕は本気でバイネンの剣と魔法の融合を目指そうとしているのだから。
感想とてもありがたいです。
忙しくて全てに返信できていませんが、全部見ています。




