21 川の字のベッド
「ボクが使う部屋にぜーったい勝手に入ったらダメだよ」
軍学校の寮からケイと二人で借家に向かう。
ケイは一緒に住むことには同意してくれたのだが、何故か条件をつけてきた。
部屋を一つ使わせろ、そして絶対に勝手に入ってくるなというものだった。
「何度も聞いたよ。あんまり使ってない部屋も一つあるからそこ使えばいい」
「ノックもするんだよ、ノックね」
「はいはい」
人の家にタダで間借りしてこの我儘っぷり。やっぱり高貴な出なんじゃないだろうか。
まあこっちが強引に一緒に住もうって言ったんだけど。
ところがケイは急にシュンとなった。
「ご、ごめんね。ジン……」
「え?」
「せっかくジンが掃除道具入れじゃ可哀想だからって一緒に住もうって言ってくれたのに我儘ばっかり言って」
さっきまでは我儘言い放題だったのに、今はなんだか本当に申し訳なさそうに見える。
「剣だって教えてくれるのに。軍学校の時だって足手まといのボクに」
「い、いや、いいんだって。誰にだってプライベートな空間は必要だよ」
「そ、そう?」
「ああ」
「ジンって……優しいんだね」
優しいんじゃなくて王室の血筋で命が狙われてるかもしれないからだとは言いにくい。本人に自覚があるようにも思えないからだ。それに何かの間違いかもしれない。
そんなことを考えていると急に腕を引っ張られる。
ケイが赤い顔で僕の袖を掴んでいた。
「な、なに?」
「ありがとね……」
「あ、あぁ。うん」
ケイは本当に男なのかと思ったのは何度目だろうか。
借家に着いた。扉をノックして叫ぶ。
「ただいまあ」
ドアを開くなりクレアに抱きつかれる。
「ジンッ! もうっ! 中々帰ってこないから心配したよっ!」
本当に心配かけた。
赤風教が関与している殺人事件の話をして一晩帰ってこなかったのだ。
「ごめん……クレア」
「いいのよ。帰って来れば」
「ところでスネイルは?」
昨晩は不穏な夜だったのでスネイルにクレアを任せて飛び出たのだ。
「あ~えっと。明るくなって来た頃にカードをはじめたら……泣きながら帰っちゃった」
「あれでも友達なんだ。借金はチャラにしてあげて」
「えへへへ。そんなに大きな額は負わせてないわよ」
きっとスネイルの首は右にも左にも1センチもまわらなくなっているに違いない。
クレアと抱き合っていたら服を後ろから引っ張られる。
クレアを離して振り向くと、おかしな顔をしているケイが僕の背中に隠れるようにいた。
「なにその顔?」
「睨んでるんだよっ」
「え? そうなの?」
とても睨んでるように見えない。眉を中心に寄せたジト目ってやつに見えなくもないけど、もっと有り体に言えば失礼ながら可愛い顔だ。
でもどうして睨まれなくてはならないんだろうか?
「誰? それ?」
「クレアだよ。前に一緒に住んでるってスネイルが言ってただろ?」
クレアのことを話すとケイは一瞬放心したような顔をして……しばらくするとしゃがみこんだ。
「浮かれちゃってすっかり忘れてた。二人で住みたいって意味かと……」
クレアがはてなと言う顔でケイを指差した。
「どちらのお嬢さん? お友達?」
「ケイはお嬢さんじゃなくて男だよ。軍学校の同期なんだ。配属が決まるまでしばらく一緒に住もうって」
「あ。ごめんなさいね。ケイくんよろしくね」
ケイはふらふらと立ち上がって僕らより先に借家に入っていく。
「ど、どうも。僕が使っていい部屋、いやベッドは何処ですか?」
「ベッド? そこを左の部屋だよ」
「疲れたんでちょっと寝かせてください……話はそれから……」
そういうとケイは唯一のベッドを使って着替えもせずに寝てしまった
シーツを頭までかぶってもう寝ているようだ。
「おいおい。俺も寝てないし疲れてるのに」
赤風教徒との戦い、赤剣老主の修行、マチルダ先生の修行、それを何度もループしているのだ。ハッキリ言って立っているのも辛いほど疲労している。
「せっかく大きめのベッドを用意してあるんだし、一緒に寝ちゃえば?」
「そうだな。そうさせてもらおう」
「私もずーーーーっと起きてジンを待ってから眠いなぁ。一緒に寝ちゃおうっと。ふふふ」
狭くない? と言いたかったが、僕を待ってくれていたのだ。川の字になればなんとかなるだろう。
というわけでケイが左端、僕が真ん中、クレアが右端で寝ることにした。
少しバタバタしてしまったと思うが、ケイは全然起きない。
ケイとクレアに囲まれるとなんだか変な気分になってくる。
「どうしたの? ジン」
「あ……いや」
クレアが耳元で聞いてくる。
「あれでしょ。ケイくん可愛いもんね」
「お、おい?」
「いいのよ。私そういうの大好き。なんてね」
クレアの言ってる意味はわからないが、確かにケイは小さくて肌とかも白いし、なんだか見た目も痩せてるのに妙に柔らかそうだ。
それになんだか良い匂いがする。
「ジン。ちょっと狭い。もうちょっとそっちいける?」
「ああ」
ケイはお客様だし先に寝ちゃったから多めのスペースが確保されてもいいと思うけど。
さすがにもうちょっと寄らないとクレアが辛そうだ。
おおお、触れると見た目通り柔らかい。
抱きまくらに最適だぞ。抱いてるわけじゃないけどくっついているだけで充分に癒やされる。クレアのボリューム感とはまた違った……気持ちいいなあ……でも男なんだよなあ……Zzzz……。
………………………………Zzzz
………………Zzzz
……Zzzz
「キャアアアアアアアアァッ!」
悲鳴で僕は飛び起きる!
しまった! 寝入ってしまったようで窓からの赤い陽が消えようとしていた。もう夕暮れ時だ!
つまり来たんだな!
「刺客は何処だ!?」
最悪、ケイが殺されていたりしたら【ロード】しなければならない。
ケイを説得するために軍学校の寮でしたから最悪そこまで戻れば誰も死んでいないはずだ。
ところが……。
「え? ケイ?」
ケイは生きていた。クレアは悲鳴もかえさずに寝入っている。
けれど何故か目を真っ赤に充血させて涙目だ。
意味がわからない。
「ど、どうした?」
「なんでジンとボクが一緒に寝てるのさ」
「なんでって。この家にはベッドが一つしかないからさ。だから皆で寝た」
「え、えええ? ひょっとして明日からも?」
「いいだろ。男同士なんだし。あっ!
ははぁ。わかったぞ……ケイは女の子が恥ずかしいんだな。
「ケイはクレアが恥ずかしいんだろ。思春期だなあ。今夜も僕が真ん中で寝てあげるから平気だよ」
僕がそう言うとケイは何故か枕で僕を叩いてくるのだった。
「な、なんだよ? 剣の修行か?」
「ジンのバカバカバカバカー!」
ま、枕じゃ修行にならないよ。




