20 創意工夫
上段から振り下ろす僕の剣から衝撃波が放たれ、離れた場所にあった小さな岩を斬り割った。
「たった三時間で究源流の奥義を……」
驚くマチルダ先生の言葉に笑いそうになるのをなんとか我慢する。
「マチルダ先生の地割りと比べたら全然ですよ」
「できただけでも凄いのよ」
笑ったのは三時間ではないからだ。
もう三時間の教えを千回以上ループしている。
しかも教え方は相当厳しかった。
「もし今日みたいな厳しい訓練を二年以上も受けたら誰でもできるんじゃ?」
「どうしてそんなことを? 二年でも結構凄いと思うけど……確かにこんなには驚かなかったかも」
やはり二年ならできてもおかしくないと思うらしい。
しかし、赤風の奥義は一回試しただけで、この究源流の奥義のレベルぐらいには達した。
教師である赤剣老主とマチルダ先生では、そもそも実力差が天と地もあるからだろうか。
それとも……僕には正当と言われている究源流の剣よりも、異端と言われている赤風教の剣のほうが『性に合っている』のか。
ともあれ僕はこれで正邪両方の剣の奥義の一端に触れることができた。
「嬉しい気持ちもあるけどちょっと嫉妬しちゃうな」
「そんな……先生の教え方が良いからですよ」
「え? そ、そう」
「ええ。もちろんですよ!」
精神力の限界までループして身についたことは墓まで持っていこう。
それにしても奥義が成功した時にマチルダ先生が剣を抜いてなくて良かった。
もし剣を抜いていたら二重人格の先生は斬りかかって来たかもしれない。
「ジンくんならいつかは赤剣老主にも勝てるようになるかもね」
「いや~それは中々大変そうですけどね~」
「ふふふ」
もう亡くなっているが、【剣戦闘】においてはバイネンという男が最強と言われていた。
バイネンは不可能とされていた剣と魔法を融合に成功し、赤剣老主と互角の戦いを繰り広げたらしい。
赤剣老主ほどの神才と渡り合えるようになるには、なにか独創的な工夫が必要になるのだと思う。
僕が正邪両方の剣を学ぶのもそのためだ。
「ところで彼のことはどうするの?」
「彼っていうとケイのことですか?」
「うん。暗殺を引き受けた赤風の男も死んだわけだし、すぐにどういうこってのもないと思うんだけど」
ケイのことは考えていた。
フランシス王室の落胤という老主の推測が正しいかは全く変わらないが、誰かに命を狙われていることは間違い無さそうだ。
敵もまさかあの赤風の教徒が死んだなどとは、まだ思ってもいないだろうから時間的な余裕はあると思う。
そうは言っても危険があることは間違いない。
「そうですね。しばらく一緒に住もうかと思っていました」
「うん。それが良いわ。ジンくんが一緒にいるならよほどの手練でも安心だし。ロイド兄さんはその話を信じなかったけど、私は調べてみるから」
「お願いします」
マチルダ先生と別れた。僕は学生寮に向かった。
寮に住めばタダなのだから、僕のように王都に家を借りているものは少ない。
ケイも男子学生寮に住んでいるはずだ。
「王室のお家騒動なんて本当にあるんだろうか?」
ほんの数ヶ月前の僕は地球のことは知っていても、基本的には騎士団に憧れるただの田舎の少年だった。
王室のお家事情がどうなっているかなど全くわからない。
知っていることはフランドル王国は人間の国家でもっとも勢力が大きく、フランドル王室は魔法の家系で水鏡の盾という神器を継承していることぐらいだ。
男子学生寮に着いた。守衛にケイの部屋を聞く。
剣の腕がこれだけ向上しても神殿が発行したステータスプレートでは、僕は相変わらずのゼロ能力者だ。
それでも度々スネイルの部屋に行っているので覚えられているし、そもそも軍学校の制服を来ている。
守衛はすぐにケイの部屋を教えてくれた。なんでも他人のイビキがうるさいと眠れないということで一人部屋にいるらしい。
贅沢だなと思ったらもともと掃除用具を入れていた狭い部屋に住むからとそれが許されているとのこと。
「ここか……本当に狭そうだ。おぼっちゃんなんだか、たくましいんだか、よくわからないな。おーい! ケイ! おーい!」
返事がない。まさか……。
ここに来るまで一切不穏な殺気は感じなかった。
今の僕にここまで殺気を隠せるほどの手練は老主ぐらいだ。(もっとも彼の場合は隠すなどしないが)
ひょっとしてもうずっと前に殺されて刺客は既に去ってしまったのだろうか?
本当は【セーブ】したいがケイが殺されていたらマチルダ先生から奥義を学ぶ前に【ロード】しなければならない。
慎重にドアを開ける。
部屋の殆どを占領しているベッドの上でスヤスヤと眠りこけるケイがいた。
「見習いとはいえ、熊のフード付きの寝間着で寝ている軍人がいるとは……本当にコイツは男なんだろうか?」
軍学校を卒業すると配属が決まるまで一週間ほどは休暇になる。
それで昼近くになるというのに寝てるんだろけど、田舎が近いものはその一週間で帰省するものも多い。
帰省するものは朝早く起きて今頃は乗合馬車に揺られているだろう。
ちなみにハーゴ村には一週間では行くことすら儘ならない。
ケイの田舎も一週間で帰れないのだろうか?
それとも本当にケイは田舎なんてなくて実家は宮城なのか?
「起きろ! 起きろって!」
「ん……あ、あれジン?」
「おはよ」
「きゃあああああっ! なんでジンが僕の部屋にいるのさっ!」
きゃあああ、って……。そんなに驚かなくても。
「ちょっと話があってさ」
「は、話? なにさ?」
改めてなんの話かと聞かれても困ってしまった。
急にケイは王室の関係者なのかって聞くのも変だしな。
かといって命が狙われているじゃ怖がらせてしまうかもしれない。
そうだ!
「なあ配属が決まるまで一緒に住まないか?」
「は、はぁ? ジンと僕が?」
何故かケイが真っ赤になる。
「そうそう。俺は寮じゃなくて王都市街に家を借りて住んでるからさ。ケイはタダでいいよ」
「タダとかそういうことじゃなくて! なんでジンと僕が一緒に住まないといけないのさ!?」
い、意外と説得が難しそうだぞ。一応、アレを使うか……。
【フランシス王国王都。軍学校寮室内。セーブしました】
「う”~」
ケイは警戒している獣のような声をあげている。まさか僕が男色家だと思われてるのかな。
老主じゃないけど僕だって男色の趣味なんてない。
「男同士別にいいじゃんか」
「良くないよ!」
「そ、そうか? 僕は別に男色家じゃないよ?」
「もー馬鹿っ!」
枕でバンバン殴ってきた。
「出てけー!」
こりゃもうロードするしかない。
【フランシス王国王都。軍学校寮室内。ロードしました】
「う”~」
なにか理由を考えないと。そうだ!
「だってこの部屋ベッドを置いたらスペースほとんどないじゃないか」
「っ!」
ケイがキョトンとした顔をする。どうやらこの部屋にはやはり不平があるのかもしれない。
「なんか臭うし可哀想だと思ってさ」
「う、うん。まあそうなんだよね」
「だろ? 配属が決まるまで俺の家に住めよ」
「……で、でも」
「剣も教えてやるよ。久し振りにさ」
僕は自分の剣を磨きたかったのに、軍学校でかなりの期間ケイの剣の先生をさせられていたのだ。
代わりにマチルダ先生から教わることができたから十分に元はとれている。
「い、いいの……?」
ケイの顔が明るくなる。
どうやらケイに取っては僕相手の剣の稽古は楽しい時間だったのかもしれない。
この笑顔がそうだとしたら少し嬉しい。
というか本当に男と思えない。
「もちろん」
「じゃ、じゃあ。甘えさせて貰おうかな……」
実はケイで試したいこともある。
ケイは【火魔法】が出来る。
そう。魔法を融合させた剣はあの老主さえも苦しめたのだ。




