19 長い夜が明けて
僕は赤剣老主と別れて家路に向かっていた。
彼は正真正銘の狂人で半刻ほどしか教わることはできなかったが、剣に関しては真摯だった。
誰よりも強くなるために絶対に大きな鍵があるだろう。
◇◆◇◆◇
「型が……ない?」
「うむ。赤風の剣に型はない。本能や衝動、感情に寄る動きに重きを置くからじゃ」
老主が語る剣は今までで自分が身につけていた剣とは全く異なるものだった。
自分が今まで知っていた運動やスポーツはおよそ身体の動きを制御することが基本になっている。戦いならば尚の事だ。
例えば【格闘】スキルのないものが徒手で戦うと大体思いっきりストレートで殴りつけることになるが、少し学んだ人間は強力なストレートを放つ前に細かい突きをしたほうが有効なことを知って覚えていく。
さらにストレート自体も蹴り足と腰を回転させることで体重を乗せる。
剣技に置いても同様で究源流の奥義は上段から真っ直ぐに剣を振りおろすという動作を洗練させて奥義の一つとしている。。
「我が教門以外の剣は理性や制御、あるいは抑制、統制に重きを置いていると言ってもいいじゃろう。もちろんこれは心の置き方もそうなる」
日本の武道などはまさにそうだ。
「赤風の剣は無駄も削ぎ落とそうなどとは考えぬ。理性や制御からの解放を目指すのだ」
段々、赤風の理屈がわかってきた。
「極端に言えば、感情によって肉体が大きな力を発揮したり、痛みを感じなくなったりしますよね。そちらに重きを置くということでしょうか?」
「ふははは。そういうことじゃ。制御の技術は完全に捨てるわけはないが、まずは理性からの解放が肝要。ゆえに我らの教義は奪い、犯し、殺すじゃ」
赤剣老主が誇らしげに笑う
教義はともかく剣の理論としては一理も二理もありそうだった。
物理法則が違うからか魔法の力が肉体に作用するからかはわからないが、イヴァの世界では戦闘系技能スキルがあがることで、地球の人間を遥かに超える身体能力を得れる。
地球のように個人の肉体の伸びしろが小さければ、その制御を中心にする武術が確かに有利だろう。
だが、このイヴァの世界ように肉体の伸びしろが大きければ、それを解放して伸ばそうとする赤風のほうが有利かもしれない。
「よし! 理論は終わりじゃ! お前は今から殺人鬼じゃ!」
「は、はあ?」
「実際に殺人鬼になるのが早いんじゃが……お前はそれをしたくないのだろう。ならばとりあえず自分が殺人鬼だと思い込むんじゃ」
「殺人鬼と?」
「難しければ、お前の知る殺人鬼に成りきってみろ」
「老主と今老主が殺した男しかいない」
「ふはははは。ならワシしかおらんな。成りきるなら子鬼では仕方あるまい」
僕は、いやワシは最凶の剣士、赤剣老主だ。
――ビュッ!
「いいぞ! 中々殺人鬼が似合っておる!」
老主と化せばやることは一つだ。目の前にいる老主に斬りかかる。
もちろん全く当たらないが。
けれども赤剣老主に成りきって剣を振っているだけなのに剣速が早まった気がする。
「ふははははは! 実際に早まっておる!」
考えが読まれたかのようで驚く。これが彼の弟子育成法なのだろう。
「だが殺気が飯事のようじゃ。外の流派は剣に殺気すらのせることすら避けるからな。一体どこでドスを利かせるつもりなんじゃか。ほれ!」
――ジャキッ
赤剣老主が剣を抜いただけで脱兎のごとくに距離を取ってしまった。
「ぐっ」
老主の剣から殺気が引いていく。
「逃げられただけで上場。さきほどまでのお前なら蛇に睨まれた蛙になっておったぞ。手っ取り早い解放の仕方は教えた」
「あ、ありがとうございます!」
「後は奥義を見せようぞ」
赤風の奥義が見れる!
◇◆◇◆◇
何度体験しても身震いする。
そう。自分はそれをもう何度も受けていた。ロードは少なくとも五回はしているだろう。
だがそのロードは老主の教えと奥義を見るためではない。
むしろ老主は一門を率いているだけあって教え方も上手かった。
老主の教えを受けたり、殺人の発生から間が開いたので、剣聖ロイドの疑いがさらに晴れにくくなってしまったのだ。
ループを繰り返すことで疑いをかけられつつも、なんとか次は躱せるのではないかと思う。
――そしてついに。
「ジンくんが究源流に正式に入門して、私から究源流の奥義を伝授されれば良いんだよ。そうすれば兄さんの弟子にもなるわけだから疑いもきっと晴れるよ!」
「是非、お願いします! 今からでも少し良いですか?」
「うふふ! もう朝日も上りはじめているしね。いいよ!」
マチルダ先生から奥義も教わることになった。
赤風の理論と奥義は見せてもらった。
前はここでロードしたが今度は……。
【フランシス王国王都、騎士団営所前。セーブしました】
運命だったのか、それともただの偶然だったのか、最凶の邪剣を学んだ長い夜が明けた。
そして僕は朝日とともに正統派剣術の奥義を学ぶことになるのだった。




